101 アラナの手紙
式典の余韻がようやく宮殿を離れ、帝都エゼルウートに静けさが戻った頃、アラナは意を決してサディアスに内密の話を願い出た。人払いのなされた夫婦の部屋、アラナはそっとサディアスの前に膝をつく。
「まずは、私が犯した大きな過ちを、お話しなければなりません」
そして、静かに顔を上げると、ウィラード宛ての手紙に綴った真実を語り始めた。
「七聖家では古くから、『双子は力を分かつ』として忌避されてきました。〈アレスル〉の力が割れてしまうという言い伝えがあり、双子が生まれた場合、片方を手元に、もう片方は――産婆に託され、どこかへと連れて行かれるのです」
サディアスは動かず、ただ真剣な眼差しでアラナを見つめていた。
「私が嫁ぐ前、姉のミアータも双子を産みました。片方の子は私の目の前で連れ去られ……そして、私自身も……」
アラナの声が震える。
「当時はただ、怖かったのです。エル・カルドの風習、追われるような空気、そして何より、また誰かが子どもを奪いに来るのではないかと。だから、せめて信頼できる人の元で育ててもらいたいと、産婆に頼みました。あの時、サディアス、あなたに相談すべきでした」
言葉を絞り出すように言い、アラナはサディアスの膝に手を乗せて頭を垂れた。
サディアスはゆっくりと腕を伸ばし、彼女を抱き寄せた。
「アラナ……君だけを責めるつもりはない。あの頃の私たちは、まだ互いに打ち明け合える関係でもなかった。君がエル・カルドの風習で育ったように、私もまたローダインで育った。わかり合うには、時間が要るものだ」
耳元で優しく囁く。
「君が手放した子が、トーマだね」
アラナは、そっとうなずいた。
「産婆は、宮殿に滞在していたバルドという吟遊詩人に預けたと言いました。それ以降のことは、聞かなかったと。それで、陛下の所へバルドの弟子だという少年が呼ばれて来たと聞いて……。ひと目見てわかりました。あの子は、私が産んだ子です」
サディアスは、静かにうなずいた。
「私は、どのような罰でも受ける覚悟です。サディアス、私の生命はあなたに預けます」
◇ ◇
アラナからの手紙を読み終えたウィラードは、目の前のトーマと向き合ったまま、ゆっくりと膝をついた。
「……君は、この手紙の内容を知っていたの?」
「はい。宮殿で、アラナ様から直接伺いました」
アラナは、何度もトーマを抱きしめ、『ごめんなさい』と繰り返した。
――その言葉は、ステンカ・マーレの養父母にも言われたことがある。
『ごめんなさい』
ウィラードは問いかけた。
「本当に、僕たちは双子なの?」
「ええ。アラナ様は、そうおっしゃいました」
「……でも、全然似てないのにね」
エル・カルド人の特徴を強く持つウィラードと、ローダイン人の特徴を強く持つトーマ。双子と言われても、ほとんどの人は気づかないだろう。
ウィラードは顔をくしゃくしゃにして、トーマの首にしがみつき顔を埋めた。
「うれしいよ。僕に兄弟がいたなんて」
一部始終を黙って見ていたシルヴァが、驚きの声を上げた。
「お、おい、待て。ウィルとトーマが双子って、本当か?」
ウィラードは手紙を渡した。
「アラナ母様が書いた手紙だ。読んで」
シルヴァは唇をかみながら、それを読み始めた。
「……俺は、何で知らなかったんだ? 七聖家で、こんなことをしていたなんて」
「シルヴァ。昔の話だよ」
「俺が、ウィラードくらいの年の頃だろう? そこまで昔の話じゃない」
「エル・カルドが開かれて、十年くらいの話だよ。それも、ここから遠く離れたエゼルウートでのことだ。シルヴァが、どうにかできたことじゃないよ。それに、マイソール卿からも聞いたことなかったんだよね」
ウィラードはファーラの言葉を思い出す。
『七聖家の女ならば、わかっているはずだ。私たちは、ずっとそうやってきた』
「俺は、何を見ていたんだ。外ばっかり気にして、中で起きていることを何も知らずにいる」
そう呟くと、シルヴァは長椅子に沈み込んだ。
「なあ、この前ミアータ夫人が言ってた『あの子を返して』って……あれ、もしかして」
「……うん、たぶん、その子のことだと思う」
「俺、ミアータ夫人のとこに行ってくる」
「待って、シルヴァ。確かめたいことがあるんだ」
ウィラードは部屋に戻ると、第一聖家の聖剣を持って現れた。
「抜くのを手伝ってくれる?」
「え? いえ、駄目です。また、この間のようなことが起きたら……」
「トーマ、あれは魔道符のせいだよ。トーマのせいじゃない。二つに分かれた〈アレスル〉の力が、一つになるのか確かめたいんだ」
ウィラードが柄を握り、トーマに鞘を持たせる。剣を通して、不思議な力が駆け巡った。
互いに視線を交わし、ウィラードが静かに力を込める。
――聖剣は、音もなく抜けた。
「……やっぱり」
光を帯びた刃を見つめながら、ウィラードは微笑んだ。
「僕たちは、二人で〈アレスル〉なんだ」
その言葉に、トーマも静かに頷いた。
「なあ、ウィル、トーマ。お前たちは、これからどうしたい? エル・カルドにいたいのか、ローダインへ戻りたいのか」
ウィラードとトーマは、口を閉じ、シルヴァを見上げた。
「〈アレスル〉として、ここに残るのか。皇弟子としてローダインへ帰るのか。二人でローダインへ帰れば、両親と一緒にいることもできるだろう?」
だが、トーマは静かに首を振った。
「いえ、僕は皇弟子として、名乗り出るつもりはありません」
「どうして? ぼくは父様とも会って欲しい」
「もし、僕が皇弟子として名乗り出れば、アラナ様の立場が悪くなってしまう」
ウィラードは、思わず口を閉ざした。帝都でたびたび、母の立場を脅かすような噂話が流される事は、ウィラードの耳にも入っていた。
「でも……今のままじゃ……」
「サディアス様とは、またお会いする機会もあると思います。僕は吟遊詩人ですから、サディアス様の巡行先に顔を出す事も出来ます」
トーマは微笑んだ。
「吟遊詩人の身分であれば、腕次第で誰とでも会う事ができるんです。その地に根ざした身分では出来ない事です」
トーマは、ステンカ・マーレの養父母の事を思い出した。何故、彼らと引き離されなければならないのか、トーマにはずっとわからなかった。心のどこかでバルドの事を不審にさえ思っていた。だが、今ならわかる。
「僕は、師匠に感謝しています。師匠はもう一度、僕に家族と会う方法を遺してくれていたんです」
王族と面会する時の作法、彼らと会話するための知識、教養。バルドが与えてくれたものは、トーマがどのような選択をしても、困らないためのものであった。
「……わかったよ。じゃあ、僕もローダインへは帰らない。〈アレスル〉として、エル・カルドに貢献したい。ローダインとエル・カルドを繋ぐ人間になりたい」
ウィラードは自分だけが父母の元で、のうのうと暮らす気にはなれなかった。勝手な思いであることはわかっていたが、求められた役目を果たしたいと思った。
「……という事は、さしあたっては〈聖剣の儀〉さえ、どうにかできればいいんだな。ちょっと待ってくれ。親父に相談してくる」
「待って、シルヴァ。マイソール卿には……」
「わかってるって。ちょっと協力してもらうだけだ。双子の話は黙っている」
シルヴァは、二人の元へマイソール卿を連れてきた。
「親父。聖剣の儀で、頼みたいことがあるんだが」
マイソール卿はシルヴァの殊勝な態度に、警戒をあらわにした。
「何だ? お前、おかしなことを企んでるんじゃないだろうな」
「このトーマなんだが、この前までアラナ夫人のところにいたんだ」
「ほう?」
「アラナ夫人が、聖剣の儀の様子を知りたがってたって聞いて、何とか出来ないかと思ってさ」
「あれは、部外者に見せるものではない」
「でも、ゼーラーン将軍だって立ち会ったんだから、絶対に駄目だってわけでもないだろう? ましてや、今回は詠唱すらしないんだろう? 聖剣が抜けるかどうか確認するだけだろう?」
「それはそうじゃが……」
「その時、聖剣を持って行く役目をトーマにさせて欲しいんだ。もちろん、顔は見えないようにさせる」




