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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十七章 受け継がれる絆
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100 思いがけない客人

 エル・カルドの町にも、ようやく落ち着きが戻りつつあった。侵攻の爪痕はまだ残るものの、人々の暮らしには日常が戻り、城内にも穏やかな空気が漂い始めていた。


 しかし――すべてが元通りというわけではない。


 ミアータ夫人は依然として部屋に籠もったまま、ドナルも体調不良との報せが続いていた。七聖家の会議も開かれぬまま時間だけが過ぎ、ついにマイソール卿は業を煮やして、文書による決裁に踏み切った。


 決裁の議題は、ウィラードの〈聖剣の儀〉についてであった。


 翌朝、文書が戻ってくると、それを携えたマイソール卿が自らウィラードの部屋を訪れた。


「ウィラード殿下。お待たせいたしました。〈聖剣の儀〉、明日の昼、七聖家の会議の場で再び執り行うこととなりました」


 ウィラードは静かにうなずいた。その顔には、かすかな不安の色が滲んでいる。儀式の後、聖剣を部屋に持ち帰って何度も挑んだが、剣は微動だにしなかった。母の言葉が脳裏をよぎる――「あなたは〈アレスル〉にはならない」。


 本当に、その通りなのだろうか。


「ただし、今回は簡略化された形式となります。詠唱などはなく、剣を抜いていただくだけで結構です。それから申し訳ございませんが、ドナルは体調が優れず、第二聖家は代理でジェレイントが出席します」


 儀式は儀式。だが、そこに込められる意味は、大きく変わっていた。


 マイソール卿が部屋を辞すと、入れ替わるようにシルヴァが顔を出した。


「ドナルの奴、見た目の割にひ弱なんだな。まだ寝込んでるのか」


 そう言って、いつもの軽口を叩く。


「でも、良かったじゃないか。もし剣が抜けなけりゃ、ウィルはローダインに帰れる。望んでたことだろ?」


 ウィラードは、微笑むでもなく、ただ視線を伏せた。


「それで……本当にいいのかな。僕がいなくなったら、第一聖家はどうなるの?」

「ウィル。それは、他の大人たちに任せておけ」


 とは言うものの、正直シルヴァにもどうなるのかわからなかった。恐らく、第一聖家の血を引く人間を選ぶのだろうが、詳細はわからなかった。


 黙り込む二人の元へ、年配の使用人がやって来て、客の来訪を告げた。


「シルヴァ様を訪ねて、城門に商人の方がいらっしゃってます」

「商人?」

「森で馬車を助けていただいたとおっしゃられて」

「ああ、あの!」


 シルヴァとウィラードは、急いで城門まで足を運んだ。流刑地から脱出した後、ゾルノーの宿場まで送ってくれた商人に違いなかった。もし、エル・カルドに立ち寄ることがあれば、訪ねるように頼んでいたのだ。

 

 シルヴァは、跳ね橋の上で商人に手を振った。


 「おーい! ここだ!」


 商人は、目を丸くして近づいた。

 

「……あんた、本当に七聖家の人だったんだな。いや、あんたなんて言ったら失礼でしたね」

「別に構わねえよ。俺は第六聖家のシルヴァだ」


 その背後から、そっと顔を出したのはウィラードだった。

 

「おじさん」

「おや、坊っちゃん。ずいぶんと顔色が良くなりましたね」

「こっちは、ローダイン皇弟子ウィラード殿下だ」


「ひっ……と、とんだご無礼を!」


 商人の男は、慌てて両膝をついて平伏した。ウィラードは優しくその手を取り、起こそうとした。

 

「あなたのお陰で、僕は助かりました。それから……」


 「顔を上げてください。あなたのおかげで、僕は無事でした。それから――」


 彼の視線が、商人の背後へと移る。そこには、クラリッツァを背負った少年の姿があった。


 ――まさか。


「……トーマ……?」


 言葉が自然とこぼれ落ちる。


「お久しぶりです。ウィラード殿下、シルヴァさん」


 トーマは満面の笑みを浮かべていた

 

「……トーマ。会いたかった」


 ウィラードもまた、少年らしい無垢な笑顔を見せた。


「その子は、エル・カルドへ行く馬車を探していてね。シルヴァさんの事を知っているっていうんで、一緒に来たんだ」


「そうか。世話になったな。トーマ、元気そうで良かった。二人とも中へ入れよ」

「いえ、私は町で商談がありますので、また後日うかがいますよ」

「わかった。また来てくれ」

「おじさん。ありがとうございました」


 トーマは、丁寧に商人に礼をした。

 

「いや、私も楽しかったよ。また、クラリッツァを聞かせておくれ。じゃあ」


 商人は、馬車で町の中へと去って行った。


「トーマ。とりあえず中へ入れよ」

「ありがとうございます」


    ◇      ◇


 三人は第六聖家の邸へと入り、トーマを風呂へと案内した。旅の汚れを落とし、湯気とともに疲れを流したあと、みんなで暖炉のある居間で長椅子に腰を下ろした。


「トーマ。お前、何か雰囲気が変わったな」

「声変わりが終わったからでしょうか?」

「そういやそうだな。でも、それだけじゃなくて何ていうのか……」

「垢抜けた……かな。洗練された感じがする」


 ウィラードは嬉しそうに声を上げた。

 

「あ、それだ」

「ありがとうございます。実は、この冬の間、エゼルウートの宮殿にお世話になりました」

「ああ、そうなんだ。そういえばバルドは、いつも冬になると、ゼーラーン家で過ごしてたらしいな」

 

「はい。ゼーラーン家にもお世話になりました。師匠の使っていた部屋で過ごさせていただいて、アルドリック陛下にもお目にかかる事が出来ました。その後、アラナ夫人にも……」

 

「母様に? 母様はお元気だった?」


 トーマは、アルドリックの隠し子と間違われた話を、ウィラードとシルヴァに面白おかしく聞かせた。ただし、アラナ夫人が襲われた件には触れなかった。


「結構な騒ぎがあったんだな。でも、トーマが無事で良かった」

 

 ふと、トーマは真顔になり、ウィラードの前にひざをついた。そして懐から、一通の封筒を取り出す。


「これを……アラナ夫人から預かってきました。殿下に、お渡しするようにと」

 

「……母様が……?」


 ウィラードは、封筒を両手で受け取った。見覚えのある筆跡。懐かしさと、少しの恐れが胸を満たす。


 ――それは、ウィラードに宛てた、アラナの手紙であった。

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