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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十七章 受け継がれる絆
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099 沈黙の誓い

 古来より帝都エゼルウートには、数多くの神殿がある。神は至る所にあり、様々な姿と名前を持っていた。帝国の人々は異国の神にも寛容で、いつの間にか新しい神や神殿が増えていた。


 最も尊ばれているのが太陽神(ナーブ・イシュト)と、その妻である月の女神(ルーナ・イシュティエ)。その他にも海や大地、風や雨といった様々な神々がいた。人々は、思い思いの神を崇め、神殿に祈りと供物を捧げていた。


 神殿は、基本的に誰でも訪れることができる。だが、神殿に併設される神官や巫女の住居である“住処(すまいどころ)”といわれる場所は、たいていの場合、鉄柵で覆われていた。この場所には、しばしば神官や巫女以外の人たちの、避難所にもなっていたからである。


 家族や雇い主からの暴力を逃れてきた者、離婚したい女性たち、病で家族から託された人々、訳あって人目を避けて暮らさなければならない人々などである。


 神殿に赴く時は、皆白いローブを頭から被り、誰とわからないようにするのが慣習となっていた。服装、身分、持ち物、容姿。それらは神の前では意味を成さず、ただ一人の人間として神殿を訪れることを善しとされた。


 この日、ジーンとコンラッドもまた、白いローブを頭から被り、歩いていた。神殿を訪れるには馬に乗ることも(はばか)られた。馬は富の象徴でもあった。


 二人は半日かけて、エゼルウートの郊外にある神殿にたどり着いたのだった。神殿の中からは歌声が聴こえてきた。


「『創世の十日間』だね」


 ジーンは、歌声の流れる空を見あげた。

  

『初めに、神ありけり。

 その名を、原初の神アズ・オーリアス・イシュトと申しけり。


 一日目。

 原初の神、御心のままに、

 太陽神(ナーブ・イシュト)と、

 月の女神(ルーナ・イシュティエ)を創り給ふ。

 そして、二柱に、天地を開き、世界を生み出すことを命じ給ひき。


 二日目。

 二柱の間にて、

 光と闇の交わりより、

 暁の女神ハイナル・イシュティエ黄昏の神(アルコニ・イシュト)が生まれ給ふ。


 三日目。

 太陽と月が寄り添うとき、

 その交わりより、

 大地の女神フェルド・イシュティエ

 海の神(マー・イシュト)が生まれ出でけり。


 四日目。

 二柱、御身を休め給ひ、

 一度、ため息を漏らし給ふ。

 その吐息といきは空に満ち、

 風の神(ゼール・イシュト)

 雨の女神エシュー・イシュティエが現れ給へり。


 五日目。

 月の女神(ルーナ・イシュティエ)が大地を巡り給ふとき、

 その跡には花が咲き、

 太陽神(ナーブ・イシュト)が通りし道には木々が茂り出づ。


 六日目。

 神々が空で憩われし間に、

 大地は風と雨で潤い、草木は繁りけり。

 流れに散った花や葉は、水にて魚となりけり。


 七日目。

 二柱の神、その姿に似せて、人間を創り給ふ。

 また、水の魚は陸に上がり、

 四つ足のものとなり、地上に生きはじめたり。


 八日目。

 太陽神は“火”を、

 月の女神は“安息やすらぎすなわち死”を授け給ふ。

 ここに人の世が始まり、営みが始まる。


 九日目。

 二柱、世界が完成したことを、

 原初の神に報告し奉る。


 十日目。

 原初の神アズ・オーリアス・イシュト

 美しきこの世界を喜ばれ、

 太陽神と月の女神を、天に召し上げ給へり』

 

「――久しぶりに聴いたよ。たまには、神殿へ来るのも悪くないね」

 

 この神殿の神は、安息の女神ニュガロム・イシュティエであった。その隣には、頑丈な鉄柵で囲われた、石造りの堅牢な建物があった。


 コンラッドは、鉄柵の中にいた下働きの少女に声をかけた。少女は建物の中へ入っていくと、灰色のローブを頭から被った年配の巫女を連れてきた。


 コンラッドが、皇帝の封蝋印が施された封筒を巫女に渡すと、彼女は封筒を恭しく戴き、建物の中へと入って行った。かなりの時間を待たされたが、二人は“住処(すまいどころ)”の建物へ入ることを許された。


 年配の巫女の後について、中庭に面した回廊を通り、建物の奥の部屋へと案内された。彼女が扉を叩くと、中から低い女性の声で部屋に入るように言われた。


 ジーンとコンラッドが部屋に入ると、白いローブを被った老女が立ち上った。ここの神殿長だと紹介された。神殿長は、二人に向かってにこやかに挨拶した。


「この度は、アルドリック陛下より、格別のご厚情をいただき光栄にごさいます。陛下には、ますますの加護がありますように」

「陛下も、さぞかしお喜びになられるでしょう」

 

 ジーンは大仰にお辞儀をした。

 

「さて、私どもにどのようなご用件がおありでしょうか」


 神殿長の落ち着いた様子を見て、ジーンはにっこりと微笑んだ。この神殿長は、世俗の駆け引きにも長けているように見えた。


「話が早くて助かります。実は、ここにルドミラという女性がいらっしゃるかと」


 神殿長は、途端に眉をひそめた。

 

「お会いになって、どうなさいますか?」

「話をできればと思っております」

「それは難しいですね。彼女は沈黙の誓いをたてているのです」


 神殿長は厳しい声で、ジーンの申し出を拒絶した。


「沈黙の誓いですか?」

「はい。もっとも、それ以前に、彼女は話すことができません。彼女は、舌を失っています」

「舌を? それは、病気か何かでしょうか?」


 神殿長は、沈痛な面持ちで首を振った。


「ルドミラは、自分で切り落としました。ここへ来て、沈黙の誓いをたてると言って……。よほどの覚悟と秘密があっての事でしょう。あの者は読み書きもできませんので、彼女から何かを知ろうとされたいのでしたら難しいですよ」


「……それでも構いません。ルドミラに会わせて下さい」


 神官長は、しばらくジーンを見つめていたが、白いローブをひるがえし、扉へ向かった。

 

「承知しました。では、彼女のところへ案内いたしましょう」


 ジーンとコンラッドは神殿長の後に続き、神殿の奥にある畑へと移動した。畑の周りには、ちらほらと春の花が咲き始め、傍らには一人の女性が、しゃがみ込んで草をむしっていた。神殿長が声をかけ、耳元で何かをささやくと、はっとした顔でジーンとコンラッドの方へと振り返った。


 神殿長は、ルドミラの部屋へと案内した。ルドミラの部屋は、寝台と机一つの質素なものであった。年配の巫女が、折りたたみの小さなテーブルと椅子を持ってきたので、狭い部屋の中で、ルドミラとジーンは向かい合って座った。その横でコンラッドは、彼女の動きを警戒しながら立っていた。


 下働きの女性がシトロネラのお茶を出すと、神殿長とともに部屋を出て行った。ジーンはシトロネラのお茶に口をつけると、静かにカップを置いた。

 

「ルドミラ。あなたが、沈黙の誓いをたてていることは承知しています。しばらく、私の話を聞いていただけませんか?」


 ルドミラの表情は固く、唇を強く噛み締めながらうなずいた。両手は、白いエプロンを握り締めていた。

 

「先日、エゼルウートの宮殿に、一人の少年が現れました。その少年は十五年前、バルドという吟遊詩人の手によって、ステンカ・マーレという村の若い夫婦に預けられたそうです。その子は若い夫婦によって大事に育てられました。そして、旅ができる歳になるとバルドによって引き取られ、一緒に旅をするようになりました。バルドは旅をしながら、その子に様々な事を教えました。バルドが亡くなってから、その子は縁あってこの冬、エゼルウートの宮殿へやってきたのです。そして、アラナ様とも対面しました」


 ルドミラの手はいっそう強く、エプロンを握り締めた。


「アラナ様は、その子を見るなり気に入られ、手元に置かれました。宮殿で過ごされるお二人は、まるで本当の親子のようだったそうです」


 ルドミラは、蒼白な顔でうつむいたままだった。ジーンは追い込むように、たたみかけた。


「あなたはアラナ様の赤子を取り上げた時、宮殿に出入りしていたバルドに、あの子を託したのですね」


 ルドミラは、おもむろに立ち上がると机に駆け寄り、引き出しに入れられていた小瓶を取り出した。その封を開けようとした時、コンラッドの手がすかさず小瓶を取り上げた。ルドミラは取り返そうとあがいたが、背の高いコンラッド相手には無駄な行為であった。彼女はその場で座り込み、声を上げて泣き出した。

 

「ルドミラ。サディアス様は、アラナ様が本当の事を話せるようになるまで待つと言われています。あなたは何らかの理由で、あの子の生命を守ろうとしたのでしょう。あなたが罰せられる事を、望む方はいらっしゃいません。ちなみに、この話はアルドリック陛下もご存知です」


 ジーンは、泣き崩れるルドミラの側に膝をつき、その背を撫でた。骨張った、頼りない背中であった。彼女は、この身体に背負いきれないほどの秘密を背負い、沈黙を守り続けてきたのだ。せめてこの先、この女性が心穏やかに暮らしていくことができるよう、祈るしかなかった。


 ジーンとコンラッドは、神殿長に丁寧にお礼を言うと、神殿を後にした。町外れの田舎道を歩きながら、コンラッドはジーンに尋ねた。

  

「ちなみに、あの封筒は何だったのですか?」

「陛下から、この神殿への寄付の申し出だよ」

「寄付……ですか?」


「神殿としても、無視出来ない額だよ。そうでもしないと、会ってもらえないかもしれなかったからね」

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