098 軽い処分
コンラッドがジーンの執務室を訪れると、そこには珍しく机の書類を片付けるジーンの姿があった。
「やあ、コンラッド。何かあったかい?」
「あの、ジーン。これを……」
コンラッドはディランから届いた手紙を、ジーンに手渡した。
「これは……」
その手紙には、侵攻前夜のロクスファントの様子や宮廷内の様子、後宮の様子などが詳細に記されていた。
それを見ると、今回の侵攻が極秘裏に行われたことが、よくわかった。
ジーンは右手を顎に添え、興味深い顔つきでディランの手紙に見入っていた。
「ディランは一体、誰と接触しているんだい? ディルムラートへ行くって? 何のために?」
「私にもよくわかりませんが、ここに名前を書けないような人物なのかもしれません」
コンラッドは戸惑っていた。ディランはドナルの館を出たら、すぐエゼルウートに戻ると思っていた。それが突然ディルムラートへ行くと伝え、さらにはロクスファント内部の情報まで送ってきたのだ。
誰かと接触しているのは確かだが、その人物については何も書かれていない
「この手紙の内容からすると……宦官か女だね」
「か、宦官か女ですか?」
思いもよらぬ推測に、コンラッドは息を呑んだ。
「そうでもなければ、これほど後宮や宮廷について知ることはできないよ。私の勘では……女だね」
「女……なぜ、そう思われるのですか?」
ジーンは笑いながら戸棚からグラスを二脚出し、葡萄酒を注いだ。
「同じ物を見ても、物事を見る視点というのは男女で違う。もっとも、それが本当に性差によるものなのか、子供の時からの育てられ方によるものなのか、あるいは周りの環境なのかは、わからないけどね。例外もあるから絶対とは言えない。ただ、手紙の内容から伝わってくる感触は……女だね」
コンラッドはジーンからグラスを受け取りつつも、その洞察力に驚くばかりだった。
「フォローゼルの女でしょうか? そんな人間と一緒で、ディランは大丈夫なのでしょうか?」
「コンラッド、君は一体何の心配をしているんだい? 戦闘であれば、彼が負けることはまずないだろうし、個人的に何かあったとしても、――彼も大人なんだ。他人が関知することではないよ」
ジーンは軽く笑いながら席につき、葡萄酒に口をつけた。
「コンラッド、ロクスファントにある宮殿のことは知っているかい?」
「巨大で、壮麗な宮殿だとは聞いていますが」
ロクスファントの宮殿は、もともと神殿として建てられたものを王が接収し、宮殿に改築したものだ。敬虔な者たちからは非難もあったが、王は意に介さなかった。
高さのある建物は水路に囲まれ、舟でしか出入りできない。最上部は王族の私邸で、“空中庭園”と呼ばれる美しい空間があるという。
「鉄壁の宮殿にある王族の住まいともなれば、限られたわずかな人間しか入ることは出来ない。私が放った間諜も、まだそこまでは入り込めていないよ」
ジーンは手紙を折りたたむと、コンラッドに手渡した。
「誰かはわからないが、ずいぶんと興味深い人間を捕まえたようだね。引き続き、報告を楽しみにしているよ」
その時、部屋の扉が開き、アルドリックが疲れた顔で入ってきた。ジーンは眉をひそめる。
「陛下、また先触れも出さずに。いつも急なんですから」
いつもならば軽口で返すアルドリックが、今日は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前さんの処分が決まったよ。三日間の職務停止だ」
アルドリックは、リボンで丸めた書類をジーンに放り投げた。ジーンはリボンを解いて、さっと書類に目を走らせた。
「職務停止三日とは、ずいぶんと軽い処分ですね。もう少し、ゆっくりできるかと思ったんですけど」
処分と聞いて、コンラッドは血相を変えた。
「ジーンの処分ですか? なぜ……」
「私が、エル・カルド侵攻を把握出来なかったからね」
「しかし、あれは……」
あの侵攻は、バシリウス王子が独断で行った極秘の行動に違いなかった。それを予見するのは、ジーンでなかったとしても困難だったのではないか。
「コンラッド。これは、私が陛下に頼んだんだよ。それに、三日間の執務停止なんて、休暇みたいなもんだよ。形だけの軽い処分だ」
「お前さんがいない間、俺はどこで息抜きすればいいんだ?」
アルドリックは、長椅子にどっかと座り込んだ。
「知りませんよ、そんなこと。私がいない間、ちゃんと仕事して下さいよ。帰ってきて、そのままだったら怒りますよ」
アルドリックは、葡萄酒を飲み干すジーンを見ながら、急に真顔になった。
「ジーン。宮殿を離れるのなら、コンラッドを護衛に連れて行け」
ジーンは口を歪ませて、アルドリックを見返した。余計なことを言うな、と言わんばかりの表情であった。
「いりませんよ。護衛なんて」
「目に見える護衛を連れて行け。でなければ神殿へ行くことは許可出来ないし、この手紙も渡せない」
アルドリックは、皇帝の封蝋印をした封筒をひらひらとはためかせた。
「……神殿へ行かれるのですか?」
コンラッドは何が起こっているか分からず、目を丸くした。
「……ああ。もう、何で言うんですか!」
「コンラッドは、お前さん付きの武官だ。知らないでは、本人も危険な目に遭うかもしれないんだ。ちゃんと話をしてやれ」
アルドリックは手招きをして、コンラッドを呼び寄せた。
「いいか、コンラッド。ジーンは処分中に神殿へ行く。アラナのお産を手伝った産婆が見つかった。念の為、ジーンと一緒に行って欲しい」




