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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十七章 受け継がれる絆
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098 軽い処分

 コンラッドがジーンの執務室を訪れると、そこには珍しく机の書類を片付けるジーンの姿があった。

 

「やあ、コンラッド。何かあったかい?」

「あの、ジーン。これを……」


 コンラッドはディランから届いた手紙を、ジーンに手渡した。


「これは……」


 その手紙には、侵攻前夜のロクスファントの様子や宮廷内の様子、後宮の様子などが詳細に記されていた。


 それを見ると、今回の侵攻が極秘裏に行われたことが、よくわかった。

 

 ジーンは右手を顎に添え、興味深い顔つきでディランの手紙に見入っていた。

 

「ディランは一体、誰と接触しているんだい? ディルムラートへ行くって? 何のために?」

「私にもよくわかりませんが、ここに名前を書けないような人物なのかもしれません」


 コンラッドは戸惑っていた。ディランはドナルの館を出たら、すぐエゼルウートに戻ると思っていた。それが突然ディルムラートへ行くと伝え、さらにはロクスファント内部の情報まで送ってきたのだ。

 

 誰かと接触しているのは確かだが、その人物については何も書かれていない 

 

「この手紙の内容からすると……宦官か女だね」

「か、宦官か女ですか?」


 思いもよらぬ推測に、コンラッドは息を呑んだ。

 

「そうでもなければ、これほど後宮や宮廷について知ることはできないよ。私の勘では……女だね」

「女……なぜ、そう思われるのですか?」


 ジーンは笑いながら戸棚からグラスを二脚出し、葡萄酒を注いだ。


「同じ物を見ても、物事を見る視点というのは男女で違う。もっとも、それが本当に性差によるものなのか、子供の時からの育てられ方によるものなのか、あるいは周りの環境なのかは、わからないけどね。例外もあるから絶対とは言えない。ただ、手紙の内容から伝わってくる感触は……女だね」


 コンラッドはジーンからグラスを受け取りつつも、その洞察力に驚くばかりだった。

 

「フォローゼルの女でしょうか? そんな人間と一緒で、ディランは大丈夫なのでしょうか?」


「コンラッド、君は一体何の心配をしているんだい? 戦闘であれば、彼が負けることはまずないだろうし、個人的に何かあったとしても、――彼も大人なんだ。他人が関知することではないよ」


 ジーンは軽く笑いながら席につき、葡萄酒に口をつけた。

 

「コンラッド、ロクスファントにある宮殿のことは知っているかい?」

「巨大で、壮麗な宮殿だとは聞いていますが」


 ロクスファントの宮殿は、もともと神殿として建てられたものを王が接収し、宮殿に改築したものだ。敬虔な者たちからは非難もあったが、王は意に介さなかった。


 高さのある建物は水路に囲まれ、舟でしか出入りできない。最上部は王族の私邸で、“空中庭園”と呼ばれる美しい空間があるという。


「鉄壁の宮殿にある王族の住まいともなれば、限られたわずかな人間しか入ることは出来ない。私が放った間諜も、まだそこまでは入り込めていないよ」


 ジーンは手紙を折りたたむと、コンラッドに手渡した。


「誰かはわからないが、ずいぶんと興味深い人間を捕まえたようだね。引き続き、報告を楽しみにしているよ」

 

 その時、部屋の扉が開き、アルドリックが疲れた顔で入ってきた。ジーンは眉をひそめる。


「陛下、また先触れも出さずに。いつも急なんですから」


 いつもならば軽口で返すアルドリックが、今日は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「お前さんの処分が決まったよ。三日間の職務停止だ」


 アルドリックは、リボンで丸めた書類をジーンに放り投げた。ジーンはリボンを解いて、さっと書類に目を走らせた。

 

「職務停止三日とは、ずいぶんと軽い処分ですね。もう少し、ゆっくりできるかと思ったんですけど」


 処分と聞いて、コンラッドは血相を変えた。

 

「ジーンの処分ですか? なぜ……」

「私が、エル・カルド侵攻を把握出来なかったからね」

「しかし、あれは……」


 あの侵攻は、バシリウス王子が独断で行った極秘の行動に違いなかった。それを予見するのは、ジーンでなかったとしても困難だったのではないか。


「コンラッド。これは、私が陛下に頼んだんだよ。それに、三日間の執務停止なんて、休暇みたいなもんだよ。形だけの軽い処分だ」


「お前さんがいない間、俺はどこで息抜きすればいいんだ?」


 アルドリックは、長椅子にどっかと座り込んだ。


「知りませんよ、そんなこと。私がいない間、ちゃんと仕事して下さいよ。帰ってきて、そのままだったら怒りますよ」


 アルドリックは、葡萄酒を飲み干すジーンを見ながら、急に真顔になった。


「ジーン。宮殿を離れるのなら、コンラッドを護衛に連れて行け」


 ジーンは口を歪ませて、アルドリックを見返した。余計なことを言うな、と言わんばかりの表情であった。

 

「いりませんよ。護衛なんて」

「目に見える護衛を連れて行け。でなければ神殿へ行くことは許可出来ないし、この手紙も渡せない」


 アルドリックは、皇帝の封蝋印をした封筒をひらひらとはためかせた。

 

「……神殿へ行かれるのですか?」


 コンラッドは何が起こっているか分からず、目を丸くした。


「……ああ。もう、何で言うんですか!」

「コンラッドは、お前さん付きの武官だ。知らないでは、本人も危険な目に遭うかもしれないんだ。ちゃんと話をしてやれ」


 アルドリックは手招きをして、コンラッドを呼び寄せた。


「いいか、コンラッド。ジーンは処分中に神殿へ行く。アラナのお産を手伝った産婆が見つかった。念の為、ジーンと一緒に行って欲しい」

 

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