表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第十七章 受け継がれる絆
106/202

097 中庭の邂逅

 エディシュは兄との待ち合わせ場所、宮殿中庭のベンチに腰掛けていた。花壇の蕾は春の兆しを抱いてふくらみ、今にも開きそうに揺れている。


 レダ妃からの縁談話を思い返すたび、胸が重くなった。心遣いはありがたい。でも、王妃などという立場には、どうしても自分がそぐわない気がしてならない。


 そっと目を閉じ、小さく息を吐く。春とはいえ、風はまだ冷たい。けれど、雲の切れ間から差す陽が体を温めてくれていた。


 ふいに、その陽射しが翳る。気配に気づき、顔を上げると——


 今、もっとも会いたくない人物が立っていた。


「……ゲルノット。なんで、あんたがここに?」


「何でって……俺はレオンハルト殿下付きの武官だぜ。一緒に戻ってきたに決まってるじゃないか」

「ふーん。そう」


 エディシュはそっぽを向いた。かつての婚約者。今ではその名を聞くだけでも気が滅入る。


 ゲルノットは金色に染めた前髪を指でかき上げ、気取ったように笑う。


「あんた、まだその偽物の金髪、頑張ってるんだ」

「染めてるだけじゃないか。みんなやってることだろ? ――それよりお前、バトーダとの縁談を断ったって、噂になってるぞ」

「……知ってる」


 どうして、わざわざ本人の前でそれを言うのか。この男は、昔からそうだった。鈍感で、人の心がわからない。たとえ幼なじみであっても、そういうところが合わなかったのだと、今ならはっきりわかる。


「用事が無いなら、あっちへ行ってくれる? お兄ちゃんと待ち合わせしてるんだから」


「コンラッドと? あいつ、今ジーン付きだろ? 補佐官なんて地味な仕事、なんで選んだんだか」

「そんなこと、あんたには関係ないでしょう」


「いや、あるさ。お前の結婚にだって影響するだろ? ゼーラーンの名を持ってるのに、宝の持ち腐れじゃないか」

「いい加減にして。あんたには関係ないって言ってるでしょ!」


 エディシュの声に、苛立ちが混じった。


「せっかく、ボドラーク砦ではうまくやってたのに、もったいない」

「うまくやってたって、どういうこと?」


 花壇の咲き始めた蕾が風に揺れた。


「あのエル・カルド人に戦わせて、戦果を得る。いくら、騎兵団長が戦ったっていっても、その戦果はゼーラーン将軍のものだ。ひいてはゼーラーン家のものになる。うまくやったじゃないか」


(……やっぱり、この人は何もわかってない)


 心の中で、何かがぷつりと切れた。


「お兄ちゃんが、そんなこと考えるわけないでしょ!」


「ムキになるなよ。噂話だってば」


「冗談じゃない! 命を懸けた戦を、よくもそんな風に言えるわね。……ああ、戦場に出たことのない人には分からないのか」


 ゲルノットの顔が見る間に赤くなっていった。


「お前、そんなだから嫁に行けないんだ!」

「結構よ! くだらない男と結婚するくらいなら、神殿にでも行ってやる!」


 その時だった。


 雷鳴のような声が、中庭に響き渡った。


「何の騒ぎだ!」


 振り返ると、鎧をまとった大男が立っていた。陽光に照らされた兜の下からは、長い金髪が風に流れ、顔には目立つ青痣。


「スカルギ……」


 ゲルノットが低くつぶやく。

 

「ゲルノット。御婦人に対して、ずいぶんと失礼な態度ではないか?」


 宮殿の警護長・スカルギが剣のような声で言い放つ。


「そうだよ、ゲルノット。エディシュは、私の幼馴染みでもあるのだから」


 どこか懐かしい声。振り向くと、そこには凛とした気配の青年が立っていた。


「……レオンハルト殿下」


 エディシュとゲルノットは同時に膝をついた。


 レオンハルトはプラチナブロンドの髪を束ね、冷たいほどに澄んだ青い瞳で二人を見下ろしていた。


「幼馴染みにしても、少し言葉が過ぎる。ゲルノット、下がりなさい」


 ゲルノットは口を開きかけたが、結局言葉を飲み込んでその場を去った。


 スカルギが近づき、レオンハルトに耳打ちする。


「アスガー殿下、少し遅れるとのことです」


「ありがとう、すまないね。警護長を伝言係にしてしまって」


「とんでもないことです、殿下」


 ひざまずくエディシュに、レオンハルトが手を差し出した。


「子供の頃は、ここでよく四人で遊んだね。私と、アスガー、コンラッドにエディシュ」

「はい」

「アスガーは、いつも君に泣かされていた」

「泣かせるつもりはなかったのですが……」

「君が悪いわけじゃないよ。アスガーが泣き虫なだけだった。君も、ここでコンラッドと待ち合わせ?」

「はい。今はジーン様のところへ」


 レオンハルトは笑みを浮かべ、花壇の縁に腰を下ろした。春風に蕾が揺れ、まるでその足元にかしずくようだった。

 

「まさか、コンラッドがジーン付きになるとはね。できれば、私のところへ来て欲しかったのだけれど。……ゲルノットがいると難しかったかな?」

「いえ。彼は関係ございません。兄が、ジーン様のところで学びたいことがあると申しまして」

「なら、仕方ないか。ゲルノットのことなら気にしなくてもいいよ。彼はああ見えて、まだ結婚していない。君に未練があるようだ」

「まさか! 結婚しないのは、私が理由ではないでしょう。少なくとも、私は彼との結婚は考えられません。だって私、昔、顔合わせの席で、あいつをひっぱたいたんですよ!」


 レオンハルトは思わず吹き出した。


「聞いたよ。あいつ、反省してるって」


「いまさら遅いです。口にした言葉は、取り消せません。……たぶん、あれが彼の本音ですから」


 エディシュの視線が鋭くなる。レオンハルトは小さくうなずいた。


 しばしの沈黙のあと、レオンハルトが話題を変える。


「そういえば、コンラッドは剣闘会に出るらしいね。父上に私のところからも、誰かを出すように言われたよ。スカルギは今年も出るのかな?」


「陛下がお許しになる限りは」


 スカルギは、ひざまずいたままにやりと笑った。


「うちは誰を出そうかな。ゲルノットではスカルギの相手にならないだろうし……」

「あいつが出るくらいなら、私が出たほうがまだマシです。殿下」

「そうかもね。エディシュ、君に頼もうかな」


 レオンハルトは、朗らかに笑った。


「何か、楽しそうだね」


 エディシュは、その声に一瞬アルドリックを思い浮かべたが、姿を見て安心した。


「……アスガー殿下」


 膝をつく彼女に、アスガーは軽く手を掲げて立つよう促す。


 ローダイン人らしい金髪と青い瞳。どこかいたずらっぽい笑みが、アルドリックに似ていた。


「レオン、遅れてごめん。エディシュ、元気そうでよかったよ。いろんな噂が聞こえてきて、ちょっと心配だったんだ」


「……ご心配をおかけしました」


「スカルギも、もういいよ。レオンと二人で話をしたい」

「かしこまりました」


 スカルギは、いっそう頭を下げた。レオンハルトは振り返りざま声をかけた。

 

「それじゃあ、エディシュ。今度、コンラッドと一緒に遊びにおいで」

「お誘いいただき、光栄です」


 エディシュはドレスをつまみ上げ、頭を下げた。


 二人が去ると、スカルギは立ち上がりながら、エディシュに言った。


「先日は、宮殿内での不始末。手数をかけ申した」

「いえ。こちらこそ、出しゃばった真似をいたしました。それに、その件は内密にとのことですから……」


 アラナ夫人襲撃の件は、表沙汰になっていない。エディシュも、深く関わるつもりはなかった。


「そうでしたな。しかしコンラッドも、けしからん奴だな。このような美しい妹御を、こんな所で一人待たせるとは」


 スカルギのよく響く声が、おどけたような声音になった。

 

「いえ、私がここが良いと申しましたので」

「慣れた場所とはいえ、若い娘御がお一人でいるのは不用心ですぞ」

「申し訳ございません。気をつけます」


 エディシュはスカルギの背を見送りながら、小さく息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ