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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第5楽章 向日葵聖戦編
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Postlude


 

 天使は、夢から覚めていた。


 あれは非日常でめちゃくちゃな。心が休まることのない、波瀾万丈な一年の夢。


 シスター!と駆け寄ってくる、元気いっぱいの子どもたちの頭を、天使は優しく撫でてあげながら、「光陰矢の如し」を痛感する。


 あれからーー。クリスマスに血まみれの男女が倒れていると、しばらく大騒ぎになった後、紆余曲折あって近くの修道院に保護された。


 そこでの暮らしは、けっして裕福ではないけれど、心が豊かになるような素晴らしいものだった。


 天使は何より、未来を生きる子どもの笑顔を眺めるのが好きだ。


「今日はね、みんなに聴いてほしい曲があるの……じゃじゃ〜んっ!」


 天使がトランペットを取り出すと、待ってましたと言わんばかりに、子どもたちはお行儀よく、体育座りをする。


 その様子に、天使は思い切り顔を綻ばせた。


 大得意のタンギングに、滑らかなスラー。


 ここからが見せ場だった。一瞬の静寂のあと、戸を叩くように、熱く激しく息を吹き込む。


 初めて演奏する曲だったので、飽きて外に遊びに行く子もいれば、途中で寝てしまうような子もいた。だけど、それはそれで仕方ないとも思った。だって、いま演奏した曲は、天使自らが作曲したものなのだから。


 天使は庭にぐんと伸びた、黄金のひまわりたちを見つめる。

 

 題名は、「交響曲第5番〈Girasole〉」。


 交響曲第5番ーーすなわち、運命。


「"デスティーノ・ジラソーレ"、なんちゃって」


 誰もいなくなった部屋で、そんなふうに、ひとりごちてみる。


 天使はもう一度、ローテーブルに突っ伏した。お気に入りの場所。ここでは、驚くほど気持ちの良い昼寝ができるのだ。


 あえてオーケストラ形態にしてある「交響曲第5番〈Girasole〉」。もしもこの曲を、敵味方関係なく演奏できたら、どんなに楽しかっただろうか。


 どうしてこんなにたくさん書いたのか、自分でもよく分からないが、何十枚もの楽譜を懐かしむように、天使はぱらぱらとめくる。


 天使の指から、紙の感触が完全に離れた。そうして、ほうっとため息をつきつつ、思う。やっぱり、暴力だとか、抗争だとか。そういったものたちはみな、日常に潜むちょっとのスリルとして、創作物の中で起こっているくらいでちょうどいいのだ、と。


ーーひとりで演奏するのは、寂しいなあ。


 なんせ、交響曲だし。それに本当は、ソロなんて最初から、向いていなかったかもしれない。


 だけど、そんな天使を肯定するかのように、月は見守っている。


 そうだ、あの月だけは、ずっと前から綺麗だった。


 天使は夜に向かうと、春の、聖なる月まで届くように、楽譜を放り投げる。


 過ぎ去ってゆく時間のように、楽譜は舞って、積み重なる。


 天使は修道院に帰ろうとするが、まるでそれを阻止するみたいに、瑠璃色の空に散らばっていった楽譜の一枚を、誰かが拾い上げた。


 誰かが、天使の名を呼んでいる。背中に翼はなかった。地に足をつけたまま、ゆっくりと後ろを振り返る。


 目頭が、笑ってしまうくらい熱くなる。


ーーああ、あれはなんて……なつかしい顔……。


 天使は、その姿をしっかり心に刻もうと、満ち足りた様子で目を閉じた。






あとがき 


 筆者が本作を通して一番伝えたかったことは、良い意味でも悪い意味でも「人は夢を見ないと幸せになれない」ということです。


 たとえば、二国間で戦争があったとして、A国は必ず勝ちたい、でもB国だって絶対負けられない……。そういう状況になったとして、双方の望みを一度に叶えるには、みんなでベッドに眠ることーーそれくらいしか手段はありません。


 たまたまそれが顕著に表れてしまったのが、やはり、聖田 朧という人物なのでしょう。彼は、永遠の眠りーーつまり、死を救いだと、そう信じて疑いませんでした。だからこそ、あのような物騒で極端な発想を、最期に思いついたのです。


 目標とか、野望とか。人間、夢見てなんぼですが、うまく折り合いをつけるには、まだまだ難しそうですね。


 さて。結局、Girasole=向日葵ひまわりって誰のことだったんでしょうか? 太陽を追いかける花。あなただけを見つめる花。それは陽であり、影助であり、聖田であり、あるいは他でもないーー読者のあなたなのかもしれません。人はきっと誰しもが、太陽を追いかけます。太陽は生きる意味であり、正義と一緒です。それが私個人としての解釈です。あなたも誰かの、太陽なんです。そのことをどうか、ずっと忘れずにいてください。




 あわよくば、本作に皆様の貴重なご感想と(せっかくなので、ここはおとなしく、タイトルにかけることにします。)、下記に"5つの向日葵の種"を蒔いてくださいますと、とっても嬉しいです。それらは、いつしかきっと、私の中で芽吹くでしょうから。


 

 結びに。幸せに狂っても、曲がっても、こんな世界なんて、と悲観せず、とにかく生き抜いてみればいいと思います。頑張った先になら、結果はほいほいついてくるので、四の五の言わず、いっぱい長生きしてくださいね。もちろん、私も!


 それでは、名残惜しいけれど、

 いのりを込めてーー富士明美(改め、目玉木 明助)

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― 新着の感想 ―
全話拝見しました。 完結おめでとうございます。そして、お疲れ様でした! 笑いあり涙ありの素敵な物語でした。 読了した今でも、まだ余韻が続いています。 聖田さんが裏切って以降の行動は、最初は狂気的だ…
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