83.朦朧
物語は、Preludeとリンクします。
聖田は、夢を見ていた。
それは平凡でありきたりな。なんてことない、普通の家族の夢……
(僕は、禁忌を犯した)
爆弾の解除装置。その在処は、聖田にしか分からないはずだった。誰にも知られることのない、とっておきの隠し場所なんだって。
聖田は水をかき分けるように、ひたすら暗闇をもがく。
子どもたちが駆け寄ってきて、聖田にぱっと笑顔を向ける。
ねえねえ、聞いて聞いてーー。
今日は難しいテストで100点を取れた、とか。
公園で思い切り転んでしまったけど、痛いのを我慢した、とか。
心臓に埋め込まれた、超小型スイッチ。影助のような卑しいマフィアと違って、陽には、誰かの命なんか奪えやしないと思っていた。それなのに、いまーー心臓に咲き乱れる赤いひまわりが、彼女が本物のマフィアになってしまったということを、哀しくもうつくしく、物語っていた。聖田はただ、自嘲気味に笑う。
陽をこの世で一番みくびっていたのは、他でもない、聖田だったというわけだ。
子どもたちの頭を撫でながら、聖田はぼーっとする。なぜこの子たちは、自分をこんなにも慕ってくれているのだろう。
やがて厨房から、最愛のひとの顔が覗き、美味しそうな焼きたてパンを食卓に並べてみせた。そのひとーー陽は、いかにも嬉しそうな様子で言う。
「おかえりなさい……朧さん! 冷めないうちに、みんなでいただきましょう。ほらほらっ、"チキンナゲット"もはさんでみて! もーっと美味しくなっちゃうんですよ」
その笑顔はいつも、太陽みたいに、月をぱあっと明るく照らしてくれる。
幻影に、聖田は手を伸ばす。
馬鹿な、そんなまさか……恋してた、っていうのか?
本能のため、年がら年じゅう発情する下等な生物のように。
信じられなかった。信じたくなかった。信仰の意味を、履き違えるな。
頭では理解していても、つい、夢想してしまう。もしも、出会う世界線が選べたら? 両親を殺さず、穏便に縁を切っていたら? 不審者扱いされるのも覚悟のうえで、あの日、声をかけていたら?
どんなに後悔しても、もう遅い。ふたりはとっくの昔に、取り返しがつかないところまで来てしまったのだ。
(この僕が……天使に恋をした、ユダ……)
ふいに、一つの説が頭をよぎった。
夢は、人間が求めていることを具現化したものでーーつまり、深層心理の表れなのだと。
伝承や迷信の類にすぎないだろうと思っていた走馬灯で、最期に流れたのは。大家族が、仲睦まじく食卓を囲む光景だった。
ああ、と思う。これが、これこそが、自分の求めていた幸せだったのだ、と。
ありふれていて、穏やかでーー真の秀才ともあろう者が、一生かけても、手に入れられなかったもの。
思えば、詰めが甘すぎた。陽を籠絡したいのなら、事前に誘拐でもなんでもすればすむ話だった。さっさと、既成事実を作っておくべきだった。
睡眠薬を飲ませる手段なんていくらでもあったはずだ。それでも聖田は迷うことなく、口移しするのが一番良いと思ってしまった。
最大のミスの、負け惜しみかもしれない。でもたぶん、聖田は思ったよりも、隣で成長してゆく陽の姿を眺めるのが好きだった。だんだん自信をつけて、人と成ってゆく陽が。
意識は、深い海の底へと沈む。もう、呼吸しようとは思わなかった。聖田の口から、どす黒い血が噴き出てくる。
細胞という細胞が壊死していこうとするのを、瞬時に悟る。この体はけっして、悪魔のように再生したり、復活したりなどしない。
(結局、僕も、"型に嵌められた"あの人間たちと同じだったんじゃないか)
願わくばーー
このままずっと夢見ていたい。
儚い幻想でも構わないから。
ーー。
誰かが、聖田の名を呼んでいる。
無視しようとしても、その声がそれを許さない。だんだん声がうるさくなっていく。
……せっかく気持ちよく眠っていたのに。本当に配慮に欠ける。
聖田は、自分を夢から起こそうとする不届き者を見逃すまいと、眩しそうに目を開ける。
あとがき
せっかくですので、最終話&Postludeにつきましては来たるクリスマス・12月25日にアップしたいと思います。最終話は12月25日になってちょうどくらい、Postludeはその日の夜8時8分頃に、です。なお、完結と同時に感想欄も解放する予定です!(小説家になろうにログインしていなくても書けるようにします!)ここまで読んでくださったみなさま、フィナーレまでもう少々、お付き合いくださいませ……!