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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第5楽章 向日葵聖戦編
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81.ラファエルとオウラボロス

いのりか救いかーー


 大きなベルが、日付けが変わったことを知らせる。

12月25日、今夜はクリスマス。聖田きよだの、誕生日だった。


「えい、すけさん……!」


 影助は、こちらのほうへニヤリと笑いかけながら、朗々と告げる。


「サプライズが大成功したみてェで何よりだ。コレこそが、"最悪のハッピーバースデイ"ってヤツだよ……!」




「ぁ……っ避けて!」


 見れば、聖田が駆け出していた。壁に突き刺さったのは斧。短く舌打ちした聖田は、影助の鎖骨に肘をめり込ませる。そのまま、影助はよろめいて倒れた。


「邪魔っ、なんです、よっ。このっ……いつもっ、いっつも……」


 増幅したような怒り。腹部に強く革靴が押し当てられ、影助が転がる。祭壇に激突してしまって、とても苦しそうにあえいでいた。



 痛いはずなのに、それでも影助が立ちあがろうとするのを、聖田は見逃さなかったようだった。ごん、と鈍い音が陽の脳内に広がってゆく。聖田は、影助の後頭部、みぞおちあたりに、執拗に蹴りを入れている。


「やめっ……やめてください!」


 急いで二人の間に割って入ると、陽は影助に、突き飛ばされた。


「いい、足手っ、まといだ……そんなことより、お前、は、指の下、のツボでも、押しとけ。さっさと……起きやがれ」


 陽は息を呑んだ。


 全部、お見通しだったというのか、と。




 すると影助は突然、唾液で水たまりになっていた床に、白い塊のようなものを投げつけた。陽はすぐに、これ知ってる、と思った。そうだ、ブロック状になっていて、アイスの袋なんかに、よく一緒に入っているやつ。霧のように、あたり一面に広がるそれはーードライアイスだった。


 遠くで聖田が、咳き込んでいるのが聞こえる。


「どっかに必ず、解除装置があるハズだ。お前は、そいつを見つけ出せ」


「それじゃあ、影助さんが!」


 陽が反論すると、いっちょ前に人の心配か、と、鼻で笑われてしまった。


「オレはそう、簡単に死んだりしねェよ。だから、コイツのこたァ任せてーー走れッ! 日楽あきら はる!」



 長い、連絡通路みたいな廊下を抜けて、解除装置を探す。


 全世界に仕掛けられたという爆弾ーー聖田ならどこに、それを阻止するものを隠すだろう。


ーー椅子の下? 机の中? それとも鐘楼の上?


 急ぐべきなのは分かっているけれど、全く、見当がつかない。


 陽が見つけ出すより先に、聖田の革靴がゆっくりと近づいてきた。


「つーかまーえたっ♡」


「あ……」


 影助とはあの後、どうなったのだろうか。さっきの、影助の力強い一言を信じたい。でも、目隠しされているせいで、なんにも見えない。


「……今まで、この世界で最後に良い思い出を作ってもらおうと、それはそれは頑張ってきました。僕なら、"彼"よりも貴女のお役に立てる。貴女のためなら、人殺しだって、なんだってできちゃうんですよ」



 陽は肩を、わなわなと震わせた。


 痛い、苦しい、辛いーー心臓が、張り裂けそう。


「私は、」


 なきぼくろにピースサインを当てた聖田の腕を振り解いて、真正面から向き合う形になる。


「あなたのことが……! きっと、ずっとずっと前から、好き……だったんです。どんなにひどいことされても、実は騙されてたって……知っても」


 危険だって分かってても、とっくの昔に、愛してしまったから。


「会えない期間が、寂しかった。ーー私やっぱり、ばかだから、なのかなぁ? あなたを考えるだけで、胸が痛くて切なくて、仕方ないくらいに、甘く鳴るんです。」


 だってもう、宇宙ができるよりも前から、聖田 朧を知っていたような気がしてならないのだ。


「……それなのに、どうして? どうして、世界を滅ぼそうとするんですか? ねえ、教えてよ。おぼろさんーー」


 あなたの声を聴かせて、と、ひとりぼっちで泣いているーー迷子の男の子に、陽は手を差し伸べた。一瞬、ちゃんと目が合った気がした。ほつれた糸が、絡まっては解けてを、繰り返している。


 でも、その手が取られることはなくて。


「何言ってるんです陽さん。僕たちを繋ぎとめているのは、恋愛なんてそんなーー不確かでなまぬるいもんじゃないでしょう」


 かわりに聖田は、陽の肩にポンと手を置く。


「いっしょに、最後のふたりになりましょう!」


「……ごめんなさい。私、その提案には賛成できなさそうです。」


 陽はふるふる、首を振った。


「あなたと一緒に、罪を償います。だからそんな悲しいこと、言わないで。ないなら私が、きっと創ってみせますから。朧さん、そしてみんなと、笑い合うことのできる世界を。幸せになれる、そんな世界をーー」


 たとえそれが、綺麗事だったとしても。


 喜びも悲しみも、みんなで分かち合ってこそなんだと、陽の中にはそういう、確信めいたものがあった。


 みんなが陽を、助けてくれた。だから陽も、それに報いたい。


 聖田は縦長の瞳孔を、さらに大きく開かせる。


「創造、ですって……? おお……っ! 貴女は、ただのアンジェラなんかではなく、真の姿は……ラファエルさまだったと言うのか! うふ、ふふふっ、あははははっ…………なるほどなるほど、合点がいきますよ! 太陽と月! アダムとイブ! 天使アンジェラ悪魔ディアボロ! 白と黒! 破壊と創造! ……ああっ、運命はなんて残酷で麗しいんだ! この世界はいつだって、僕たちを対立させたがる!」


 口もとにはアルカイックスマイル。美しい彫刻のような輝きに、陽はひどく気圧された。


「あと、何か勘違いされているようですが……彼らに時間なんて、もう残されていないんですよ」


「……え?」


「30秒。あと30秒で、陽さんと僕だけの世界が手に入ります!」


(残り、たった30秒で、世界が滅ぶ? みんなとはもう二度と、会えなく、なる……)


 一瞬で、さあっと血の気が引いていった。


『どっかに必ず、解除装置があるハズだ。』


 どちらかを、選ぶ。


ーー世界か、朧さんか。


(こういう時、どうやって、心を落ち着かせれば、いいんだっけ?)


 止まらない息切れに、陽はたまらず、胸をおさえた……そうして、いつか聖田が教えてくれたことを、思い出す。


『僕だったら、そうですねーー"胸"に手を当てて、考えます。』


 銃を見つめた。


(嫌だ、そんなことって、ない。できるわけない。いやだ。いやだ、いやだいやだいやだいやだ)


 考えうる限り最悪のーーいや、まさか。



 でも、思いつくのなんて、もうそれくらいしかない。


(だ、め)


 聖田の唇が、せかすように、時間切れと動いた。


「さあん、にいぃ、い〜……」




 トランペットのピストンを、押すように。パン、と高らかな音色で、聖田の心臓を貫いたのはーー陽が持つ、銀の弾丸だった。

 

あとがき


アキ"ラハル"=ラファエル


キヨダ"オボロ"=オウラボロス


会えない時間がふたりを育てる、とはよく言ったものですが、このふたりはどこまでいっても双曲線ですねえ……

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