80.Green−eyed monster
「正も邪もない世界こそが、彼らにとって真の救いとなりましょう。」
口もとには、うっとりしたような笑みが浮かんでいる。
聖田は続けた。幸せな絶対的信仰は、けっして摩擦や軋轢を生じさせないのだと。つまり、人間の淘汰ーー。
「な……なんで、そんな、極端な発想が、できるんですか、本当に一体、なんで……」
聖田は誰かに、祈りを捧げているようにも見えた。
「あの日……全部を終わらせようと思っていたでも貴女が迷える僕の魂を繋ぎ止めた余計なお世話だと最初は思っただから僕に生きろと言った責任、とってくれるんですよね?」
目をらんらんとさせながら一息に言う聖田に、陽は身をこわばらせる。
もしも死を救いだなんて思っているのなら、陽は一生かけても、その考えを理解することはできないだろう。
構え直した銃が、ずいぶん冷えている。
「狂った世界なんていっそ、ぜえんぶーーぶっ壊れちゃえ! ……そうは思ってくれないのですか?」
言ってることが支離滅裂で、めちゃくちゃで……頭が全く、追いついていかない。
「僕たち以外の存在が消えたらやがて食糧も尽き、貴女はいつしか、大嫌いな僕にすがるしかなくなるでしょう。そうしたら、そうですね…………醜い獣のように喰らい合うのも、良いかもしれないな」
大手を広げ、それに、と付け加えてくる。
「ふたりきりにさえなってしまえば……この鮮烈なガーネットはきっと、僕の姿だけを捉えてくれる。貴女は僕だけを、見つめてくれる。」
聖田の指先が、陽のまぶたをくすぐる。思わず後ずさりしてしまった。目玉をくり抜かれるんじゃないかと、思ったから。
「そのとき貴女は、どんな顔をするのかな。ああ僕……想像しただけで、とってもゾクゾクしてきちゃいました……!」
「…わ…たしには…………わからない、です。」
聖田の言っていることが、本当になんにも、分からない。
「うふふっ、大丈夫。教会には爆弾なんて物騒なもの、仕掛けていませんから……それより陽さん、そろそろ眠たくなってきたんじゃありませんか?」
さっきからずっと、睡魔に襲われていた。頭だって、とっくにふらついている。差し出された腕がだんだん、愛用の枕みたいに思えてくる。
「さあ。どうぞ遠慮なく、僕の腕の中で安らかな寝息を立てて。貴女を起こせるのだってもう……僕しかいなくなっちゃいますからね♡」
「教会ねーーたしかに、悪魔祓いにゃうってつけだよなァ?」
がしゃりと、ものすごい音を立てて、ステンドグラスがいっせいに割れ始めた。陽の足もとに、色とりどりのかけらが散らばってゆく。それらはまるで、星を食んだように、したたかな輝きを放っていた。
「オタノシミ中のとこ、悪ィな」
視線を感じて、隣を見る。聖田から、フッと笑みが消えた。
「やっぱり…………貴方なんですね、君守 影助さん」
月は、剥き出しになっていた。
窓の外から差し込む穏やかな光。
聖田は紺碧の空に照らされるーーすでに、緑色の目をしていた。
あとがき
サブタイトルは、シェイクスピア先生の「オセロー」よりお借りしました。
Green−eyed monster……つまり緑色の目をした怪物は、嫉妬の化身なんだそうですが、彼は一体、何を思って嫉妬の色=緑としたんでしょうか? ずっとそれが気になっていて、夜も眠れません。