79.ファーストキスは睡眠薬のお味
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生い茂った緑に、陽の体は受け止められる。
恵業が、陽の身代わりになった。
さっき、オルタ湖に沈みゆくぼろぼろの機体を見た。どんなに叫んでも、もうなんにも届かないだなんて、信じたくなかった。
(ボス…………)
あれだけお世話になったのに、ありがとうもごめんなさいも、うまく形にならなかった。
恵業が最期に見せた笑顔を思い出す。きっと、一生忘れられない。
(私じゃ、ボスの代わりなんて、できっこないと思う)
でも。
陽はキッと、前を睨む。
すでに、走り出していた。
教会に、向かわなければ。
*
大聖堂の門は重い。陽はゆっくりと、深呼吸する。讃美歌のために使われていそうなパイプオルガン。神秘に満ち、冷たくて排他的な香りが、そこには漂っている。
陽は口もとをおさえた。
ーーいた。見つけて、しまった。ステンドグラスの前に、聖田はぼんやり佇んでいた。手には斧のようなものを、携えている。
チャーチチェアに、パンプスの角が引っかかる。陽の足音に気づいた聖田は、思い切り頬を緩ませた。
「……貴女なら、絶対に僕のところに来てくれるって信じてました。」
陽は震える手で、ポケットの中の銃を取り、構えた。
「ひっ…………ちかづか、ないで!」
"再会してしまった"悔しさと、苛立たしさ……それから少しの、安堵感。
抑えてたのに、葛藤の中で陽は揺れていた。
ふたりの視線が、混じり合う。
聖田は遊びに誘うように、微笑みながら一歩、また一歩と、こちらに距離を詰めてくる。
「ずっと、ずうっと、お会いしたかった。」
抵抗しようも強い力で腕を捕らえられ、腰をぐいと引き寄せられる。
一瞬、何が起こったのか、よくわからなかった。
「〜〜〜〜〜ッ⁈」
唇が、奪われる。陽の口にはーー聖田の舌が入ってきた。
ぐにぐにしていて、今まで味わったことのない変な感触に、陽はえずきそうになる。
厚い胸板をどんどん叩いても、びくりとすらしない。
息をするのが苦しくて、両足をじたばたとさせる。だけど、それすら許さないといったふうに、聖田は足を挟み込み、乱暴に陽の頭を掴んだ。
「んっ、ふぇ……あ、あ、んむっ」
(いやだ、こわい、どうして……こんなこと、するの)
結局、聖田を拒否する言葉たちはぜんぶ、情けない吐息にしかならなかった。
余裕たっぷりの笑み、幼子をあやすように片側だけ繋がれた手を見て、改めて力の差を思い知らされた。
生理的に溢れ出てくる涙に、陽は絶望する。
それなのに、陽の全細胞が「この人がいい」と叫んでいる。まるで感電してしまったかのように、身体中が甘く疼いた。
(もう、おかしくなっちゃーー)
「ふぁ……んんッ、」
もはや抵抗するのすら諦めて、すっかり身を委ねてしまう。
永遠とも思える長い時間、陽は聖田にされるがままになった。
*
「ん、はあっ…………すみ、ません。いきなり、ひどくして。怖かったですよね? 陽さん」
聖田はそう告げると、絡まり合った銀糸をーー美味しそうにぺろりと舐めた。
慣れた手つきで、頬を撫でられる。聖田は丸いカプセルみたいなものを、口に含んでいたーーそのまま顎を、上向きにされる。また、熱い舌が入ってきた。
水音だけが、頭の中で鳴り響く。
「んぅ……なに、のませっ…………」
聖田は、もったいぶったようにこう言った。
「陽さんお得意の、睡眠薬です。」
ーー信じられなかった。
「っファーストキス、だったんですよ……?」
ぴちょぴちょ落ちてゆく唾液を止めるために、口もとを強く拭う。
「うふふふふっ。いいですねえ、その顔」
会話する気はなさそうだった。
とってもそそります、と、聖田が耳もとで囁いてくる。
陽は反射的に、それを突き飛ばしてしまった。
聖田はちょっと不思議そうな表情を浮かべると、
「……ひどいです陽さん。僕にあんなに懐いてくれていたのは、嘘だったんですか?」
陽は、ああ、と崩れ落ちる。どうやら、雛の刷り込みだったみたいだ。
「ひどいのは、どっちですか。ボスーー恵業さんをあんな風に、あんな風に……!」
聖田が、くすくす笑っている。
「彼らは犯罪者だ。死んで当然の人間なんですよ。さては、長く暮らすうちに情でも湧いてきてしまいましたか」
ズボンを何度か直すと、聖田はふいに、首をひねらせた。
「性的興奮による、血圧の上昇……やはり少々、がっつきすぎてしまったようです。こんなふうに取り乱した陽さん、初めて見た……もっと段階を踏んで、続きはゆっくり、ふたりだけの世界でしましょうね」
「どういう……ことですか」
意味深な単語に、陽の声は上ずる。
「言葉どおりの意味ですよ。共に、目指すんです。ふたりしかいないーーまっさらな世界を」
ーー僕たち以外の存在、それら全てを無に帰しましょう!
愚民たちの一斉解放。聖田は明るく、そう言った。
あとがき
まえがきで注意喚起をしたのは、初めてのような気がします。ディープ……に関しては、ちょっと大人っぽい恋愛漫画を熟読して、雰囲気を頭に叩き込みました。あとはあれですね!レオさまが出演している「ロミオ&ジュリエット」の、熱いキスシーン! あそこの場面、大好きです。
いかがでしたか?^_^
↓以下、12話より一部抜粋(雛の刷り込み〜について)
「ーーって! 大丈夫です! 自分で食べられるくらいには回復していますから‼︎」
「いえいえ、これがなかなか。雛鳥に餌付けしているみたいで楽しいですよ」
聖田はにこにこと笑いながら、"餌付け"を止める気配がない。
陽は聖田の圧に若干押されつつ、黙って世話されることを決意した。