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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第5楽章 向日葵聖戦編
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77.影武者と魂②



「……よ、朱華はねず。愛してンぞォ宿敵ライバルさん?」


 そんなふうに、冗談めかして言いながら、影助はドアを蹴破る。思っていたよりもずっと簡単に、それは破壊できた。


 影助は外に女がいないのを確認すると、展示品の保存のため船に備え付けてあったドライアイスを、朱華めがけて投げつける。


「なん……あーっ!」


 狙い通りだった。真っ先に水槽を狙ってしまうあたり、朱華はおそらくド素人。ただし、"銃"に限って。あたり一面が、白い煙に包まれる。ドライアイスがぶつかった衝撃で、とっくに銃剣は落とされていた。影助は容赦なく、それを拾う。


「ちょいっ、待ち!」


 

 すでに余裕さなんてゼロに等しい朱華が、追いかけてくる。命を賭けたケンカに、手加減なんて必要なかった。



 甲板にて、凍てついた空気が二人を包む。キザなウィンクをかましつつ、朱華はこちらにリボルバーを向けてきた。


「女の子とデートん時もそおやけど。ちゃーんとスペアは常備しとるから、安心したって♡」


「はん。無理すンなって朱華。お前、"剣"のほうが扱い慣れてンだろ……オレのライバルなら、そこらへんちゃんとしやがれ。手ェ抜くな」


 ライバルねえ、と気怠げに空を見上げた朱華は、リボルバーを持ったままひっそり呟く。


「空を道とし道を空とみる……日本一の剣豪、宮本武蔵がそう言ってはるらしいんやけど、俺は汗臭い男にも、ヨボヨボの爺さんにもなりとうないわ。」


 やから、と朱華が向き直った。


「せっかくやし、ここは影助クンに小次郎役やってもらおか」


 朱華は、自分が勝つ前提でいるようだ。ちゃっかりは相変わらずか、と思っているうちに、影助の足もとへ弾が飛んできた。


ーーだけど。


 あまりにも威力がないので、弾はすぐさまかわせてしまった。もはや、子供騙しにすらならない。


「チッ、クソがよォ。オレは本気のお前とらせろっつってんだよ!」


 影助が言うと、ゆるい癖毛をいじっていた朱華はいきなり大笑いし出した。


「本気とかる気とかって! なんや、ずいぶん前時代的やない? 影助クン。ーー"金が欲しけりゃ、自分を曲げろ"。それが賢い生き方ゆーもんや」


(金のために自分を曲げる、だって?)


 そんな、下手したら罵倒とも捉えられる一言に、怒りで体が震える。


「よそ見しててええの?」


 気づいたらすぐそばで、朱華が囁いていた。



「こんなん数打ちゃ当たるんやから、ナンパとなんも変わらんなあ」


 痛みは感じられなかった。それよりも、屈辱で皮膚が張り裂けそうだった。目の前の朱華は、チャラついたホストのようににっこりと笑っている。こんな、やる気の1%も出していないようなヤツに、膝をつかされてしまった。


 リボルバーの残弾数は四。影助がもっと本気を出せば、とりあえず負けはしないだろう。

 

 でも、と思う。それはそれで、精神的にこちらの負けを意味するような気がしてくる。


 せっかくライバルとして認めた相手。どうにかして、朱華の実力の全てを引き出してやりたかった。


(なんかねェのか。決定的な、何かが……)


「やっぱ時代は鉄砲やろ! 剣なんぞ、とっくの昔にお役ごめんなったんや!」


「……ホントにそうか? ならいつまで、ンなモンぶら下げてんだよ」


 影助は、朱華の腰のあたりを指差す。


 今までずっと、朱華が不自然なまでに出っ張ったベルトを抑えていたのを、影助が気づかないと思ったら大間違いだ。


 一瞬、朱華は意表をつかれたように、目を見開いた。わざと視線を絡み合わせて、にやりと笑ってやる。


 は、と、朱華にしては珍しく動揺しているようだった。


 苦しまぎれに笑いながら、朱華がだんだん、後ずさってゆく。


「こんななまくら、時代遅れや、って……」


「いーから抜けよ」


 遠慮しないで、さっさと。


 待ちきれない影助は、リボルバーを撃ち落としてしまった。


「選べ。このままオレに撃ち殺されるかーー思い出づくりに刀を抜くか。」


 もう、楽なほうに逃しはしまい。


 影助も弾を補充した。


 しばらくして、決心したように、朱華はつかを口もとに寄せた。滑らないようにと、唾まで吹きかけている。


ーー鯉口を切る音。


 影助の口笛は、冷たい闘気にかき消された。


 普段のおちゃらけ具合が全部、まやかしだったみたいに感じられる。朱華の目は、かつてないほど恐ろしく据わっていた。


「いいねェ、板についてる。最高のパフォーマンスを魅せてくれ」


 飛躍した影助に、朱華が音もなく肉薄する。


 ふたつの影がひとつになったかと思いきや、次の瞬間、朱華に弾丸を……真っ二つに切り裂かれていた。



 朱華は影助を誘うように、刀を鞘に収める。銀の光が、残像のごとく通り過ぎてゆく。危機的な状況に影助は、薄ら笑いを浮かべるしかなかった。


 危うく、袈裟斬りされるところだった。居合の達人とはこいつのようなことを言うのか、とまるで他人事のように思う。ちょっと相手しただけでもそれがひしひしと伝わってきてしまうのだから、なおさらだ。


 ウィークポイントを狙おうと思ったのに、朱華はけっして、刃を横向かせようとはしなかった。


「ち……しゃらくせェのなンのって」


 挑発したのは自分。右手で肩を押さえる。


 あっという間に中のシャツが、赤一色に染め上げられていった。


 研ぎ澄まされた一閃に、影助は体じゅうの血管を浮き立たせる。


 烈しく舞うような太刀筋に、信者の人だかりができた。


「邪魔すんなや」


 朱華によって振り下ろされた刀は、首という首を鞠のように跳ね飛ばす。


(仲間だろうと関係ねー、か)


 そう思いつつも、影助は目先の刀にだけ集中する。また、弾を補充した。こびりついた血と脂を、朱華が拭う。船のロープに、体を思い切りバウンドさせる。



 楽しい。楽しすぎる。



 影助がどんなに撃っても、朱華は刃こぼれひとつ許さない。


 聖田のためにも弾をいくらか取っておかなければならないのに、それが嫌になってしまうくらい、朱華とのぶつかり合いは楽しかった。


 突如、美しい弧が描かれる。影助はその洗練された動きを一番近くで見たくなって、弧の中へと足を滑らせた。両足に、刀傷ができる。


 鮮血が噴き出した。


 非常に名残り惜しいが、影助だって、こんなところで相打ちになるわけにはいかない。


 朱華に、心から感謝する。


 覇気を緩めることによって作られたーー隙を狙って。


 影助は腹に三発、弾を捩じ込んだ。




「トドメ、さすんならはよ……天女さんのお迎えがあるうちに」


 朱華はぐったりと、項垂れる。口もとには、べっとりとした血がついていた。


「はあ……ほんっと嫌んなるわ、女の子もおらへんのに、格好なんぞつけるんやなかった。俺、地獄でもカポのご機嫌取りせなあかんの」


「ハッ。せいぜい頑張れよ、In bocca al lupo (狼の口の中へ)」


「うっさいねん、ぼけ……Crepi il lupo(狼が死ね)」


 そろそろか、と影助は朱華に、銃口を向ける。


「最期に、言い残したことは。頑張ったゴホービに聞いてやるよ」


「辞世の句でも詠むか……いやいや。あ、そや……聖田クンのこと、よろしく頼んだわ。ほら、影助クンが早くこっちに来すぎても、手に負えへんし、迷惑やし」


 致命傷を負っているにも関わらず、関西人らしく肩をすくめた朱華を、影助は豪快に笑い飛ばした。そうして、銃をデッキに置いた。


「お前とはつくづく、反りが合わねェな」


 きっとこの"なまくら"こそが、こいつの魂だったのだろう。影助は脇差を手に取り、鍔の縁をなぞる。


(守りたいモン、ねえ)


 しかし、なんといっても問題はこの後だ。


 どうやら朱華は、世界中の至る所に爆弾を仕掛けてきたらしい。


 聖田が企てた無差別テロ。意図はさっぱりだし、別に聖田の腹の中など分かりたくもないが。


 ただ一つ確定しているのは、

 どう、立ち回っても。


 後々面倒くせェことになりそうーー影助は、鏡の刃に映る自分をしばらく見つめると、腹を貫いた脇差ごと、朱華を大海原へと放り込んだ。



あとがき


鎬を削るぶつかり合い、いかがでしたか?

器用なはずなのに、最期はプライドを捨てきれなかった朱華。彼もまた、時代に翻弄された男だったんだろうと思います。改めて、朱華のプロフィールを見ると、なんだか感慨深いものが残るので、おススメさせていただきます。※朱華の脇差は、家出する際、何か金目の物をと思って持ち出してきたものでした。


ところで、諸説ありますが脇差が海に……と聞くと、私はどうしたって、新選組のとある刀の一件を思い出してしまいます。(気になる方は調べてみてね)

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