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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第5楽章 向日葵聖戦編
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74.結ばれる、なんて。



 はるは今日も、人知れず銃の訓練に励んでいた。


 白い息が、指先に触れる。


 聖田きよだが姿を消して、もうすでに三ヶ月ほど経っただろうか。



 今朝、ポストへ陽宛てにと小包みが投函されたーー他でもない、聖田からの。



 勢いよく小包みを開けると、中から何かがぽとりと落ちた。


 赤ちゃんの産衣のように柔らかなガーゼのハンカチを拾い、陽は時間差で絶句した。


 引っ越しや、お葬式。ハンカチにはたしか、別れの意味が込められていたことを思い出す。


 不吉な予感が、全身を駆け巡る。


 ハンカチは、一枚の紙を包んでいた。


 もしかするとこれはメモ、だろうか。


『貴女の涙を拭うのは、僕でありたい。しかしできることなら……直接、零れ落ちる鏡の涙を舐め取ってあげたい。天使の涙はきっと、あまじょっぱくてあたたかい。』


「マーキングだろ、ソレ。多分アンモニアとか塗りたくってンぞ」


 ぬっと、背後からいきなり影助に顔を出されて、陽は思い切り、鋭い悲鳴をあげた。


 同時に、思わずハンカチとメモを放り投げてしまう。それを影助は、見事にキャッチしてくれた。


「よくこんな電波ポエム送れたな、アイツ。一周まわってマゾか?」


 封筒の裏側を見た影助は、何度か目を瞬かせている様子だった。


「オルタ・サン・ジューリオーー」


「取り乱してごめんなさい……影助さん。"まぞ"ってなんですか?」


「いいや、なンでもねー。どっちにしろお前にゃ関係ねェよ」


 まぞ。ひょっとして、魔族という意味なんだろうか。いわゆる隠語、みたいな。


 結局影助には、はぐらかされてしまった。なんだか腑に落ちない心地で、陽は背中を見送る。





「前よかずいぶんマシになったんじゃねェの? ヨウチャンよお」


 さっきぶり、と影助はひらひら手を振っている。休憩を終えたばかりなんだろうか、影助からはほんのり、夜の煙草の香りが漂ってきた。


 陽はしまった、と思う。一日中銃の訓練をしていたものだから、陽のシャツには絶賛汗にじみ中だ。


 汗くさかったらどうしよう。陽はひとまず、影助から距離を取ってやり過ごそうとした。


 ところが。匂いなど全くお構いなしというふうに、影助は陽へと詰め寄ってきた。


「基礎はまあまあ、あとは応用力か……ほらヨウ、手ェ出せ。」


(あちゃー……)


 やっぱりマメのことについて何か、言われるだろうか。そうとばかり思っていたが、影助が手に乗せてきたのは、陽の予想をこれでもかと裏切るようなものだった。


 手のひらには、銃の弾がころころ転がっている。危うくそれらを落としそうになって、とっさに、これなんですかと影助に聞いた。


「なにって、優しい上司からのゴホービだけど」


 影助は、いつになく上機嫌だった。


「いらねェっつーなら返せよ」


「あっ。いや、そういうわけじゃないですよ。重ね重ねありがとうございますって、言いたかったんです。……そうだ! 影助さんこそ、何かありませんか? ほらっ! ほしいものとか、やりたいこととか!」


 陽はいつも、もらってばかりだ。そろそろ、何かちゃんとしたお礼がしたい。


 遠慮せず言ってください、と頭を下げる陽に、影助はなんでも?と尋ね返す。


「ン、じゃあ……」


 瞬時に、もったいない!と陽は思う。なんと。きっちり三角に結ばれたネクタイを、影助はしゅるりと解いてしまったのだ。


 細くて長い指。その動きに見惚れていると、影助の、しなやかな指がこちらに向かって伸びてくる。


ヨウ。オレのーーネクタイ結べ」


 真剣な眼差しに思わず、おうむ返ししてしまった。影助のネクタイを、陽が結ぶ。たったそれだけのことでいいんだろうか。


 正直すごく不思議に思いつつも、言われた通りにすると、影助は大きく背伸びした。ただでさえ身長が高いのに、これでは届かない。


 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる影助。そんな彼に陽も負けじとーーつま先をぷるぷる震わせた。



 やっぱり、何度見てもちょっと不恰好。悔しいけれど、影助みたいに上手くはできなかった。



「今日はもう遅ェし、お前もさっさと寝ろよ〜」


 頭に両手を組んだ影助は、特に陽を咎めることもなく去ってゆく。もちろん、ネクタイもそのままにしてある。


(そういえば、なんで夜にネクタイ?)


 曖昧におやすみなさいを言った陽は、違和感にはたと気づく。




 でもなあ、とも思う。影助は少し気まぐれなところがあるから、今夜はたまたまそういう気分だった、というだけだろうか。


(まあいっか!)


 もうシャワーも浴びたいし、とりあえず明日あたり聞いてみることにしよう。




 その時はまだ、知る由もなかった。


 カルマファミリーの屋敷で影助に挨拶する。そんなありきたりなやり取りは、もう二度と訪れないのだということを。



あとがき


結ばれたい、なんて。

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