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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第5楽章 向日葵聖戦編
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70.現人神




「このことについて詳しい説明を願えますか、はるさん」


「は、え」


 はるは何度も、ボールペンのインク跡をなぞる。たしかにそこには、日楽あきら はると書かれている。





 セイコと影助が、神妙な面持ちでしばらく見つめあっていた。


「……まさかとは思うけど、ソーレ=陽って感じ?」


 耳鳴りがした、と思うと、今度は鳥肌が立った。脳内処理が、追いつかない。




「なンだ……知らねェうちにお前、カルト団体と繋がり持ってたってのか」


 視線も声音も、驚くほど冷ややかだった。


「宗教勧誘ねえ。そーいや若いヤツらの間じゃ、どうやってジジババを騙そうかって話題で持ちきりなンだって?」


 詰め寄ってくる影助に、陽は全力でかぶりを振る。


「おじいさんおばあさんを、騙す……? そんな酷いこと、絶対やろうと思わないです!」


 みんなが、訝しげに眉を顰めていた。陽はまるで、尋問にでもかけられているような気分になった。



 やがてその場をさらに静めるかのように、恵業が重く、口を開く。


「ーーヨウには悪ィが、昨今の情勢を鑑みて、用心するに越したことはねえよな。うちは"疑わしきは罰せよ"、だ。ーーおい! 連れて行け」


 部屋の外に控えていた信濃と駿河が、陽を二人がかりで押さえる。


「違っ、どうしてーー私、ルナソーレ楽園なんて知りません!」


 どんなに叫んだとて、悲痛な訴えが届くことはなく、陽は囚われの宇宙人の格好のまま、ずるずると引きずられていく。


 火葬炉のように、扉は無情に閉まってしまった。



 終始申し訳なさそうな顔を浮かべていた二人が、陽を地下牢に閉じ込めた。あたりを見渡すと、そこに花一の姿はなかった。


 暗くて冷たい、独房。


(花一さんも、ずっとこんな気持ちだったのかな)





 ルナソーレ楽園とソーレ・アンジェラについては、本当に何も知らなかった。それなのになぜ、陽に疑いがかけられてしまったのだろう。


「もしや同姓同名とかーーは、さすがにないか」


 当て字だもんなあ、と一人寂しく思ってみる。




 ぐうと、大きくお腹の音は鳴る。窓はないが、多分今はお昼くらいなんだろう。


 唾を飲んで、空腹感を和らげようと思ったとき、遠くのほうから聞き覚えのある音が近づいてきた。


 顔を上げれば、聖田がパンを片手に立っていた。


「あーーおぼろ、さん」


 勢い余って感謝を伝えようとしたところ、静かにというジェスチャーをされた。分かっていたとはいえ、陽はしゅんと肩を落とす。







 すると、聖田はなんでもないふうに、慣れた手つきで鍵を開け始めた。


 南京錠が、がちゃりと落ちる。


「朧さんっ⁈ あの、なにをしてるんですか」


 困惑しすぎて震える声でたずねてみれば、


「話は後です。ここではなんですから、屋上まで向かいましょう」


 聖田は表情ひとつ変えずに、そう返してきた。




 意外にも、地下牢を出てからは誰とも鉢合わせなかった。


「今回の一件、どうも……陽さんを貶めようと暗躍する、黒幕がいるようです」


 予想外の発言に陽は目を大きく開け、一歩引いた。黒幕って、とうわごとのように繰り返す。言葉の意味どおり、わざと陽を騙そうとしている、ということだろうか。




 もう、人間不信になってしまいそう。


「事の次第を円滑に進めるためとはいえ、回りくどいーー信頼に欠くような真似をしたこと。どうかお許しください。僕は悪しき魔の手から陽さんを守るため、今こうしてお迎えに上がっているのです」


 そう告げると、僕と一緒に逃げましょう、と聖田は陽に手を差し伸べてきた。


 陽は正直、戸惑ってしまった。


(これは本当に、救いの手なの? この人のこと、信じてもいいの?)


 思えば、資料を持ち出してきたのは聖田じゃないか。


 いつもの聖田なら多分、ああいう事態が発生したら、「同姓同名の方かもしれませんね」と陽を肯定し、優しく微笑んでくれたと思う。


 でも、そんなイメージでさえ、聖田に対する過剰な期待の現れなんだろうか……?






 

 黙ったままでいると、ふいにーー灰色の瞳と目が合った。




「…………テメェ、今度はヨウに何させる気だ。人に罪なすりつけて楽しいかよ、え?」


 屋上のドアにもたれる影助は、手にした銃を聖田へと向けていた。にやりとした笑みを、口もとに浮かべている。


「おおかた目星はついてンだよ。ソーレ・アンジェラはお前だろ、聖田朧ディアボロ


 聖田はぴくりと眉を動かしたと思うと、肩を揺らして大笑いし出した。思わずぞっとして、陽はのけぞる。


「あははっ。いきなり何を言い出すかと思えば……僕がソーレ・アンジェラ様、ですって? 冗談にも程がありますよ。ああ! なんて恐れ多いんでしょう、清く美しきお方の御前でーー」


 言いながら、聖田は跪いて、陽の手の甲にキスをした。


「僕たちの深き仲ーーいや、運命と言っても過言ではない。それを引き裂こうとする蛮族は、誰であろうと逃しません♪」


 影助が陽の腕を引っ張った途端、聖田はトランシーバーに向かって、パチンと指を鳴らした。


「ッ、ヨウ伏せろ!」

 

 冷たい地面に、勢いよく額がぶつかる。影助に、後ろから覆い被さられた。


「さあみなさん、出てきてください! 敬虔けいけんなる使徒のおでましだ!」


 ばりばり、ばりと、何かのひしゃげる音は腕の中からでも聞こえてくる。


 

 巨大なヘリコプターが頭を出す。それはフェンスを突き破っていた。陽はハッとなって、がばりと腕から抜け出す。


「影助さん、怪我がっーー!」


 陽を庇った背中には、フェンスの破片が突き刺さってしまっていた。ベスト越しでも分かるくらい、血が滲んでいる。


「チッ、いい。こンくらい、舐めときゃ治る。今は目の前のことに集中しやがれ」


 見れば、満面の笑みを浮かべた老若男女が、陽たちを取り囲んでいる。


 ところが陽を背中に隠した影助が銃を握り直すと、その人たちは一瞬、慄いたようにみえた。





 聖田が、目をぱちくりとさせる。




「あれ? おかしいな、一旦体制を整えたほうが賢明だということでしょうか。まあ、あなたがたからしたら地の利を生かされても困りますか。それに……今は君守さんの目つきもだいぶ殺気だっているみたいですし」



 何機にも及ぶヘリコプターに、もうすでに乗り込んでいる人たちがいた。聖田は仕方ありません、といったふうに肩をすくめている。


「ンだよコレ! クソッ、セーフティが外れねェ!」


 聖田たちを撃とうとした影助が、銃をがちゃがちゃ鳴らす。


「うふふ。やっぱり念には念を、ですね。あらかじめすり替えておいて良かった」


 苛立つ影助をよそに、聖田は陽にだけ聞こえる声で囁く。


「いずれまたお会いしましょう、ね? ソーレ・アンジェラ様」


 聖田がヘリコプターに吊るされたはしごを掴む。


 生ぬるい風が、陽の頬を撫でてゆく。昼間の月は暗雲に覆われて、よく見えなかった。




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