69.狂信とデクレッシェンド
あれから、世間はてんやわんやだった。
もはや日課と化した作業になかば呆れつつ、影助はテレビをつける。
この世の終わりみたいに深刻そうな顔をしたアナウンサーと、目が合った。
ーー失われた12年世代。ついに先日、元死刑囚より発足したデモ団体が皆殺しにされた。
「人権返せ」なんてお決まりの街頭演説は、もう世界中のどこでも聞こえない。
若警視総監殺しの犯人として、第一に、どうやら全焼したザンザーラ邸に"入り浸っていた"らしいーーカルマファミリーに容疑がかけられた。
影助はカフェラテを床に溢してしまって、激しく舌打ちする。テレビの中のアナウンサーを、ぶん殴ってやりたくなった。
テーブルの上に並べられた空のカップが揺れる。
たかだか。身内が死んだだけで血相変えてわめくのかよ、と。
マスゴミ、警察、国民……。普段あれだけ犯罪者を野放しにしていたくせに、手のひら返しも甚だしい。
テレビをつけるたび、しつこいくらいに
「そもそも犯罪者とは何か、今一度考える必要がありそうですね」
「我々はマフィアに騙されている。その事実に早く気づいた方が賢明だ」
「みんなの力で、植民地からの脱却を目指しましょう」
と、訳知り顔でほざくご意見番が登場する。
昨夜だって、若狭の遺族関係者による御涙頂戴のドキュメンタリー(こんなののどこに需要があるのかは分からない)が、今年一番の最高視聴率を叩き出したそうだ。
「ねえ影ちゃん。結局はみんな、ないものねだりなのかな」
興味なさそうに、ソファでネイルをいじるセイコが聞いてくる。
「どうだかな。ま、そんだけ皆さん暇人っつーことなンじゃねェの」
完全アウェイ。明らかに立場がやばくなってきてる、なんてことは、屋敷内の誰しもが理解していた。
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『君に俺は殺せへんて』
陽は肩を、抉るようにさする。早朝特有の冷気にあたると、すでに半袖一枚では心もとなかった。
ポストを開けて、まただ、と思う。
差出人は、ルナソーレ楽園。
*
陽はぼーっと、黒くなったテレビ画面を眺める。
「キショい手紙が山のくせ届くようになったのも、案外暇人のせいだったりしてな」
影助はそう言って、陽の持つ手紙の文面を覗き込む。カフェラテの、クリーミーな香りがした。
ついこの間。溺れかけていたのを助けてもらったので、陽から何かお礼をしたいと申し出たものの、影助は、お前はなんにもしなくていい、の一点張りだ。欲しいものは本人に聞くのが一番だろうと思っていただけに、陽は唖然とした。
お礼するのに、これからもめげるつもりはないけれど、やっぱりザンザーラ邸での一件で失望されてしまったのだろうか。そう思ったら、陽の胸はずきりと痛んだ。
"何か困りごとがございましたら、いつでもお申し付けください。神の御心のまま、我々は喜んで協力いたします"
陽はすでに、その先を予想できるようにまでなってしまっていた。
結びには決まって、"そちらにはソーレ・アンジェラ様がいらっしゃいますから"と流れるような文字で書かれているのだ。
「……アジトの場所が割れてんだ、俺らもここらで潮時か」
「な、縁起でもねェこと言わないでください! ボスッ!」
恵業に掴みかからんばかりの勢いで、影助が言う。セイコは、爪どうしを擦り合わせていた。ネイルはところどころ、はげてしまっている。
静かに、ノックの音が鳴った。
束になった資料をバインダーに留めた聖田が、そこに立っている。
「例の団体、ざっと調べ上げましたよ。ルナソーレ楽園……どうやら、一部界隈で流行りの新興宗教のようです。それから……」
いつも冷静な聖田にしては珍しく、なんとも歯切れが悪そうにしていた。
「偶然会計予算案も入手、したんです。」
「ンだよ焦ってェ。早く言えや」
ソファにふんぞりかえる影助に、聖田は一呼吸置いてから告げた。
「あまり信じたくはないのですが、献金先にはーー日楽 陽とありました。」
金の瞳がふたつ、陽を捕らえていた。