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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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67.エリクサー



 備え付けのシャンデリアが、原型を留めないほどに散らばっている。焦げ臭い匂いに、口もとを覆う。


 床には、ぽつり、ぽつりとーー火の花が咲き始めた。


「あっつ! おセイちゃん⁈ なんでここにおるん⁈ あん時、たしかに穴に落ちたはずやーー」


 服に移った火を必死に消そうとする朱華はねずに、セイコはむうと顔をしかめさせた。


「ちょっとー。勝手に死んだことにすんの、やめてくんなあい?」


 この人みたいにさ、とセイコが倒れた若狭わかさを指差す。




 はるの視線に気づいたセイコは、秘めやかにウィンクを飛ばしていた。


「ほら、アタシってけっこう、未練がましいタイプじゃん? そこでね、思いついたわけ。蚊取り線香の刑にしちゃおう……ってね」


 恵業けいごうは、腑に落ちないと言いたげに首を傾げている。セイコが恵業に、向き直る。


「ああけいちゃん、心配しないでね。無関係の人たちには、ちゃんと危害なんて加えないようにしてあるから。非常口の場所、教えてあげたの」


「あんな短時間で、大勢を? セイコお前、一体どんな手段を使ったんだ?」


 セイコは、唇を尖らせて言う。


「穴から這い出た時、偶然豹と狼を見つけたからさ。」


 猛獣に追いかけられ、パニックに陥った人びとを非常口まで行くよう操る。


「名付けて、"みんなが逃げてるから逃げよう"作戦!」


 我ながら良い作戦だった、とセイコは誇らしげに語っていた。ちなみにボレロは、闘牛の旗のように使ったのだ、とも。


「んな阿呆な! 俺のお雪まで⁈」


 朱華は、驚愕の色を隠せない様子だった。


「あはは、多分それが正しいリアクション。ぶっちゃけアタシだって驚いてるよ。ほんのちょこ〜っと、脅しただけなのにね」




ーーそうそう、こんなふうに


 すらりと懐剣を取り出したセイコが、朱華たちに肉薄する。


「アタシに殺されるか、自分たちで死ぬか……今なら好きなほうを選ばせてあげる♡」




 エリベルトがまた、ため息をついた。


「まあいい。鼠が何匹増えようが、あんたらのは単なる猿マネにすぎない。この俺が直々に、本物のマフィアというものを教え込んでやろう。みっちりと、な」



 エリベルトは目線を恵業に合わせつつも、銃口をセイコへと向けていた。



「させるか!」


 察した恵業が弾を二発ずつ撃ち、急所に命中させる。しかし、エリベルトはびくともしなかった。


「……なに?」


「はは、ははは! あっはっは! イタリア男たるもの、常に腹の内は隠しておかねば」


 動揺する恵業なんておかまいなしに、エリベルトは恵業に馬乗りになる。


「「ボス!」」


「おっと。よそ見はあきまへんえ。あんたらの相手は俺な」


 すかさずセイコと影助の間に入った朱華が、二人の顔面に裏拳を打つ。



 エリベルトは、恵業の脇腹を殴った。何度も何度も、鈍い音が聞こえてくる。


「ぐっ……まさか……鉄、板、か……」




「そんな……み、みなさん!」


 やっと、陽の声は出るようになった。今さらだ、と思う。火は着実に回っている。もう、時間がない。陽は縋るように、隣の聖田きよだを見つめた。


「わたしたち、どうしまっーー」


 聖田に、口を塞がれる。その右手は、大きかった。


 聖田は、"お静かに"とジェスチャーを残した後、エリベルトのほうへゆっくり歩いていった。待って、と叫ぼうとして、陽は開きかけた口を閉じる。


 床に落ちていたメスが、拾われた。


「ひょっとして素肌にも……鉄板が仕込まれているんですか?」


 気になるなあ、なんて言いながら。つい先程まで、殺気なんて全く感じられなかったのに。


 聖田はエリベルトの腕をいとも容易く掴み上げると、両手の平に複数回、メスを突き立てた。深く深く、刺す。ぐりぐりと、音が聞こえる。聖田はずっと、高尚な笑みを讃えていた。




 いくら酷いことをしていたとはいえ、陽はその惨状に目を瞑った。




 エリベルトは一瞬、苦悶の表情を浮かべるも、貫通したメスを勢いよく放り投げる。


 そして。引火寸前だった天蓋付きベッドの柱をぼきりと取ったエリベルトは、それを金棒のように振り回す。


 いま、聖田にそれが、振りかざされようとしている。



「さあ観念しろ、キヨダ」


 ところが聖田は、抵抗するでもなく、ふっと力なく笑う。



「え」


 陽の心臓が、みるみる早鐘を打った。柱を見る。鋭利な先端。



(あんなのではたかれたら、朧さんは)


 死んでーー


 胸を蝕むノイズが、あの日の雨と重なる。


 思考が真っ白になったと同時に、陽の体は飛び出していた。


 聖田の前に、仁王立ちになる。震えの止まない全身に苛立ちながら、エリベルトをにらむ。


「おお! これはちょうどいい。キヨダ、面を上げろ。そうだな。アキラハルをこちらに手渡すと言うなら、お前を……いや、お前たちを見逃してやることにしよう」


 エリベルトはそう言って、陽の髪を乱暴に掴んだ。


「本当ですか。たしかにそれは都合が良い」


 聖田の声は明るかった。


 どこかから、舌打ちの音が聞こえてくる。


 前に出たのは他でもないーー自分だけれど、陽は少なからずダメージを受けた。


「だけど残念。僕からも名案があるんですよ」


 聖田は陽にかろうじて聞こえるくらいの声で、ぼそりと呟いた。



「約束しよう。お前たちを見逃す……ただしこの、火の海でなあ!」


「エリクサー。これが"不死の妙薬"と知れば、若さを求めるあなたはどんな反応をするのでしょうね」


 狂ったように笑うエリベルトに、聖田は小さなガラス瓶を見せつけていた。



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