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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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66.正攻法なんてクソくらえ



 メスは、陽を通り抜けていった。




 革靴の音が聞こえてくる。うごめく影の正体は……


「ーー僕、ダーツは得意なんです」


 動揺するはるをよそに、聖田きよだ若狭わかさを投げてよこした。思わず息を呑む。瀕死、みたいだった。片腕が、不自然な方向に曲がってしまっている。


「貴様。これがどういう意味を持つか、分かった上でやっているんだろうな」


 陶器を思わせる頬に滴る血を、エリベルトはぺろりと舐める。聖田がそれに、にこりと返す。陽は身震いした。口角は上がっているはずなのに、どちらの目の奥も、全くと言っていいほど笑っていない。




「すまねえ、待たせちまったな。ふたりとも怪我は、って……こりゃあひどい」


 恵業けいごうは心配そうな顔をして、陽たちの近くに腰をかがめた。


「わ、私は大丈夫です。それよりも、影助さんが」


「なに、漢にとっちゃこんなの、傷のうちにも入らねえよ」


 恵業から、まっさらなハンカチを受け取った。どうやら、止血するのにこれを使ってもいい、ということらしい。陽は少し遠慮しつつも、言われた通り肩へ強めにハンカチを押し当てる。


「そら影助えいすけ、休憩はおしまいだ。ヨウの前でみっともないだろ。さっさとしっかりしないか」


 何度呼んでも影助の脳は覚醒しないので、とうとう痺れを切らしたのか、恵業はきゅっと、影助の高い鼻をつまむ。


 それは影助にとって、いい気付け薬になったみたいだった。影助は生き返ったように跳ね起きて、すぐさま、直立不動の姿勢になる。


「スイマセン。ボス……全部、オレが招いた結果です。アンダーボスとしてどんな罰でも受けます。つーか、受けさせてくれねェとオレの気が済まないので。この通りです」


 影助が深々と頭を下げたのを、恵業は特段気にも留めない様子で、聖田たちのほうを指差して言った。


「いい心がけだが、まずはやっぱり、あいつらに勝たねえとな」


 影助が、ぽかんとした表情を浮かべる。でもそれは、ほんの一瞬だけだった。


「ボスの命とあらば、お安い御用ですよ」


 陽の持っていた銃が取り返される。唇の片端はすでに、吊られていた。





 エリベルトが、銃を片手に若狭を冷たく見下ろす。


「よくもこんな醜態を晒せたものだ、ワカサ。何か言い残すことは」


 最期に特別聞いてやろう、とエリベルトは魔性の笑みを浮かべている。


「も、申し訳ッッ……そうだ、こ、これ、付け爪についた日楽あきら はるの皮膚細胞なんです。俺なら、まだまだあなたのお役に立てるはずだ。それで、また捜査に協力していただいて……」


 突如、自分の名前が出てきたことに陽はハッとなる。


 必死に、記憶を辿っていく。


 そういえばひとつだけ、思い当たる節があった。陽は背中を触る。あの夜、マスカレードの夜。ヴェネチアンマスクのせいで顔までは分からなかったけれど、パーティー会場でドレスのファスナーが開いてしまったのは。


(まさか、若狭さんが……?)


 やがて、大きなため息の音が耳に入ってくる。


「すいませんすいませんすいません! ど、どど、どうか命だけはぁ!」


「お前にはつくづく失望したよ、ワカサ。これでは興醒めではないか。他人から勧められたメインディッシュほど、不味いものはない。」


 陽はたしかに、唇の動きを読んだ。


ーーあとは、分かるな?




はるさん、下がって」


 次の瞬間。耳をつんざくような断末魔が鳴り響くと、若狭はその場にごろんと転がった。同心円上に、血溜まりは広がってゆく。それは、陽の足元にも及んだ。





 聖田が、陽のふくらはぎまで飛散した肉片を無言で払い落とす。


 それはまるで、熟れたザクロのようでーー


「わ、わっうわあああああああああああああああ!」


 血が、ぬめぬめしてよく滑る。


 数十秒も経とうとするとき、陽はようやく、何が起こったのか理解してしまった。


(人の命って、人の命って……こんなに)


 あっけなく。簡単に、奪ってしまえるものなんだろうか。





 もう幾度、疑問に思ったことだろう。陽には、床にへたり込むことくらいしかできなかった。





 弾を補充し終えたばかりの影助が、悔しそうに顔を歪める。


「チクショウ! 先を越された!」


 影助が八つ当たりのように発砲すると、朱華はねずはそれをひらりとかわす。


 率直な疑問なんやけど、と唇を尖らせながら。


「なあなあ影助クン。おはるちゃん、さっきからあんな感じなの、なんでなん? 悪い気はせえへんやろ、なんたって内定プリンセスや。俺がおはるちゃんやったら、もっと喜んでカポに媚売っとった思うねんけどなあ」


 影助は、知るかボケ、と朱華の拳まとめて突き放した。影助の肘が、朱華の太腿に捩じ込まれている。



 影助が太腿の上から朱華の顔面を狙撃しようとした途端、赤々とした警報音が、部屋中にこだました。



「なーに、アタシ抜きで楽しいことやってんのー?」


 

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