表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
74/94

65.型(タイプ)



 見れば、テーブルにはまるで血を吸ったようにどす黒い紙が付着している。面影なんてとっくに失われてしまったように感じるけれど、もとの色はもしかしたら、緑、白、赤……といったところだったかもしれない。


「ウィッグの出来栄えも上々で……よい、しょっと」  


 ソファから降りた朱華はねずは、ずずいとこちらに距離を詰めてくる。


「なあなあおはるちゃん。俺の銀髪、綺麗やった?」  


 ふいに、影助と目が合った。瞼は、ぴくりぴくりと動いている。


「ちょ、そないに固まらんといてー。おかげで、俺まで恥ずかしゅうなってきてもうたわ。なにも"あたし何歳に見える?"なぁんて聞いとるんやあらへんし」


 朱華はそう言って、茶化すように舌を出す。声が高くなったり低くなったりで、大忙しだ。現に、陽はすでに朱華の地声がどんなものだったか、忘れ始めていた。


 

 突っ立っているだけでも疲れるだろうということで、楽にするよう促されるも、とうていそのような気にはなれなかった。



 

 とどのつまり、影助たちはずっと、幻覚を追いかけていたということになるのだろうか。それも"銀髪ロングのお姉さん看護師"なんて、最初から存在していなかった、と。




 陽が気づく間もなく。影助は、地面を蹴り出していた。


 あれは、あの目つきは。疑いようのない、暗殺者のものだ。スイッチを切り替えるみたいに表情を消した影助が、朱華に殴りかかりにいく。


 陽が目を開けると影助は、右手だけを払うようにぷらつかせた。


 行動なんてとっくに読まれていた。朱華は両手をクロスさせて、必死にあばら骨を守る体勢に入っている。


「おお! コワッ。危機一髪や! つーか前にも言うた気がするけど、ただのマフィアが、んながっつくもんやないで。」


 せっかちは相変わらずやな、と朱華は至極余裕そうに笑む。


「俺みたいな賢い男んなりたいなら、もっとココ、使っていかな。……そおゆーわけでおはるちゃん、堪忍なあ」


「へっ?」


 陽は少し身構えるも、なにがなんだかわからないまま朱華に突き飛ばされる。まばたきの間。エリベルトに、がっちりと体を押さえつけられた。影助の銃口はすでに、エリベルトのほうを向いている。


「テメッ……!」


 舌打ちとともに、こちらめがけて走ってくる。しかし影助が弾丸を掴むより先に、エリベルトの胸あたりの高さーーにある陽の肩から、ぴゅるりと鮮血が噴き出した。





(〜〜〜〜〜ッ⁈)


 陽は今まで味わったことのない、強烈な痛みに悶絶する。固定されてしまっているので、のたうち回ることもできない。


ヨウ‼︎」


 影助の叫びが、ハウリングのように頭に流れ込んでくる。エリベルトは、陽が盾となったことに感謝している様子で、目尻に皺を寄せながら告げる。


「調べたぞアキラハル。お前は、俺と同じooの掛け合わせを持つ人間だ」


「手柄ぁ横取りせんといて。俺の努力は〜?」


 血液型の話なのか。なんにせよ、突拍子のない話に陽は相槌すら打てなかった。




 肩を押さえる。息を切らしながら、痛みを、頑張って我慢する。


 きっと、カヨはもっともっと、苦しかったはずだ。


 チャンスは一瞬。


(どうにかこの、監視の目をかいくぐらないと。)



「時にキミモリ。お前は」


(今!)


 エリベルトの視線が、影助に移った隙を狙って。彼には悪いことをしたと思うけれど、エリベルトの二の腕を、陽は力いっぱいつねった。


 途中、ソファの脚に足を引っ掛けそうになった。陽は、絵の具みたいにじわじわ血の滲む肩を押さえて、影助のいるところに必死で駆け寄る。


 影助は一瞬、あっけに取られたような顔を浮かべると、思い切り、陽の頬をつねってきた。泣きたくなってくる。お説教は、できればあとからにしてほしい。


「へいふへはふ!」


「バカヨウ! オイッ、お前はいつもいつも、無茶ばっかりしやがってーー」



 言い終わらないうちに。唐突に、背後から朱華の右フックが入った。影助は力なく、陽の前に倒れ込む。


「えいすけさんっ!」


 名前を呼ぶも、返事はない。影助の持っていた銃が、陽の足元に滑り落ちる。やっと何か話しているのか聞こえてくるが、上手に聞き取れない。朱華は試すように陽を眺めている。このままではきっと、朱華に銃を拾われてしまう。


 遠くから、エリベルトの笑いを含んだような声が聞こえてくる。


「おお、これは存外。キミモリには愛犬がいたのだな」


 陽はキッと、周囲をにらむ。



 次は陽が、影助を守る番だ。




 鉄の塊は、まだ手には馴染まないけれど。





 喘息になったときのように、喉を掻き出したくなるような苦しさは、陽を着実に侵食していった。


「わーーわたし、わたしにしか、できっ、ないから。は、はぁっ。わたし。わたしは、あなたを、朱華はねず とばりをーー」


 言葉が、上手く音にならない。


(どう、したい?)


「なはは、君に俺は殺せへんて」


 足がすくむ。この期に及んで、陽は引き金を引くべきか悩んでしまう。


 射的なんかじゃない。訓練なんかじゃない。


 これは紛れもない、いのちのうばいあいで


 陽が引き金に指を置いた時、メスが空を切り裂いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cid=288059" target="_blank">ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ