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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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63.猛獣使いとサーカス地獄




 はるはまず、花火のように駆ける獅子をさらりと撫で、お礼を言った。舌を噛み切らないよう、よおく気をつけて。


「……初対面だったのに、どうして背中に乗せてくれたの?」


 速度がちょっと落ちる。獅子はただ、じっと黙っていた。


「あのね。もし、良かったらだよ? 良かったら、あなたのことこれから……じんざって呼んでもいいかな?」


 陽が提案すると、獅子は短く、ふがと鼻を鳴らした。もしかしたら"どうぞお好きに"という意味だろうか。とりあえず、都合が良くてもいいから今はそう捉えておくことにしよう。


「うん! ありがとう。私、やっぱりライオンって好きだなあ。だってさ、かっこいいじゃない」


 じんざの背中に抱きついてみる。少し硬いけど、ぬいぐるみみたいだ。





 陽はふと、小学生時代を思い返した。哀しくて愛おしくて、大好きなお話。獅子は、時には炎の中にすら飛び込んでしまうような勇気と大胆さを兼ね備えている。


 だけど、と思う。今陽の目の前にいるじんざには、できればそういった辛い選択をしてほしくない。


 陽はじんざの立派なたてがみに顔を埋めた。




 じんざは一体、どこを目指しているのだろう。





 寒くて暗い空間を突っ切っていくと、いきなり、一頭の豹が姿を現した。


 陽は、わけもわからず頭を全力で下向かせた。運が良かったのだろう。たまたま、豹が飛びかかってくるのを間一髪のところで避けることができた。


 豹は低く唸っている。


 陽は頭を抱えた。まさか城に豹が住んでいるなんて、聞いていない。いや。じんざだって、れっきとしたライオンだけれど。


 力なく笑う。もういっそ、ここが動物園だったら良かったのに。


 いろんな考えが、浮かんでは消えてゆく。あんまり集中できない。


 陽は、頭の中に宇宙が広がり始めているのが、嫌でも分かった。


 どうしよう、どうしよう。


 そうだ、たしか豹は、ネコ科だったはずだ。喉もとを撫でてあやすーーのは、すこぶる機嫌の悪そうな豹を見ればどうなるか、一目瞭然だろう。


 こんなことになるなら、事前に洗濯ネットでも準備しておくべきだった。ああしまった、と思う。ご近所さんの猫が脱走したときはよく、陽が捜索を手伝っていたというのに。


 経験を生かすせっかくのチャンスは、砂のように消え去ってしまったんだろうか。


 陽はふいに、自分が身に纏っているバスローブを見つめた。


(洗濯ネット、がわりに)


 本当にそうなるかは、やってみなくちゃわからないけれども。それに豹は、あまり待ってはくれなさそうだ。


ーー全裸になるか、捕食されるか。


(いや、全裸!)


 陽が「気合いだ!」とバスローブを一気に剥ぎ取ろうとしたとき、じんざは嘲笑うようにこちらを見た。つぶらな瞳が'お前は馬鹿か"と問うている。思わず、手が止まる。


 するとじんざは厳かに歩き、一喝するように牙を剥いた。


 その激しさに、縮こまった豹は一歩、また一歩と、後退りしていく。


 くわっと大きくじんざの口が開かれたのと同時に、豹はお手上げだのポーズを取った。


「す……すっっっっごい! さすが百獣の王、だね!」


 陽はじんざに駆け寄り、わしゃわしゃ全身を撫で回す。特に褒めるべきなのは、じんざは何も、豹にダメージを与えたわけではない、ということだ。偉い偉いと、とにかく褒める。じんざが、うざったらしく思い始めるときまで。





 豹は諦めたように、陽たちの目指すべき方角をしゃくった。陽は笑顔で別れを告げる。


「豹さんもありがとう、教えてくれて! ぜひまた会おうね〜っ」


 しょぼくれた豹の髭はなぜか、これでもかというほどにちぢれていた。




 誰もいない浴槽。




 骨が、ガラガラと崩れた積み木のようにそこらじゅうに散らばっている。充満した血の異様な匂いに、陽は口を覆った。



 じんざは、強い衝撃を受ける陽なんかお構いなしに、そこに転がった頭蓋骨を踏み砕く。すると小さい破片が、陽の頬にぴっとりと直撃した。


 あ、と短く声が漏れる。震えて、掠れていた。


ーーまぎれもない、人の骨だ。


 陽はひとつ、誰のものかも知れない骨の破片を、強く胸に抱いて弔う。


 全ては、連れて行ってあげられないけれど。


(せめて、この人のぶんだけは帰してあげたい)


 城を出るとき、海に撒いておこう。


 じんざはちっとも、スピードを落とさなかった。




 浴室を抜けると、すぐに、上に繋がる通路へ出た。

 


 思わず見上げてしまう。


 陽が今まで見てきた中で、一番高級そうなエレベーター。大理石でできているが、側面はガラス張りだった。反射してしまっているせいか、中はまるで、スモークがかかったように見えなかった。超高級ホテル然としている。


「ねえじんざ、今のが行ったら、私たちもこれに乗ってみ……」


 クラウチングスタート。陽がよくエレベーターを観察するよりも先に、じんざはひゅうと走り出した。


 ほっぺたが裂けてしまいそうになるくらい、揺れに揺れる。



「じっ、じんざ。じんざちょっと落ち着いて! すばしっこすぎるーーーっ!」







 ロック・クライミングーーいや、まるでとかげみたいに、じんざは目にも止まらぬ疾さで太いポールを駆け上がっていった。じんざはみるみる、エレベーターに追いついていく。






 最上階に到着しようというところで、じんざはついに、エレベーターに張り付いた。鷲掴み、してる。




 エレベーターの乗客と目が合う。苦笑しながら、陽は息を呑んだ。


「……えいすけさん?」


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