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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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59.寝起きのアンジェラ、逃避行




 はる聖田きよだ御代みよの仲裁に入ったとき、なんだか手のほうに、すごく変な感触があった。ガチャリと、音は鳴る。その無情な響きに耳をすましてみると、陽の手首にはすでにーー手錠が嵌められていた。


「やっぱりあなた、馬鹿にもほどがありますって。これじゃあ作戦勝ちしても手応えなんかないですね。え、なんですか? もしかして、小生が丸腰で来るって思っちゃってたんですか? だとしたらおめでた〜い頭ですね。金持ちの猫探しに比べたら、のろまな行方不明者の捕獲なんて、何千倍もマシなわけなんですよ。ということで」


 今からあなたを連行します、と御代から冷たく告げられた。


 


 ヒマワリ楽器店からの、捜索依頼。陽は瞬時に、ことの重大さを理解した。


「待って! 私まだ……かえりたくない、です‼︎」


 だってまだ、やるべきことが山ほどあるのだ。


 けれども御代は、懇願する陽になんて目もくれず、手錠ごとずるずる引っ張っていってしまおうとする。


「金さえあれば、小生はもっとーー」


 聖田は、こちらを興味深そうに見守っていた。



(え。なにか、言ってる……?)



 聖田の唇が、たしかに「さて」という形になったのが見える。



「仲良く喧嘩、しましょうか」






 多分、スーツで50m6秒なんて朝飯前なんじゃないかと思った。



 つい先程、聖田は陽をお姫様抱っこした。と、言うより、陽を御代から掻っ攫っていったのだった。そうして口が半開きになってしまった御代は、陽たちを鬼の形相で追ってくる。


「あはは、いきなりすみません。苦しかったら遠慮なく言ってくださいね」


「やあ、いえいえ……! こちらこそ、助けていただいてありがとうございます。お構いなくですよ」


 本当はまだ、夢の続きを見ているんだとばかり思っていた。


(逃避行、みたい)




 しかしながら、メロドラマに想いを馳せる余裕なんて陽にはなかった。後ろのほうから、恨みのこもった御代の声が聞こえてくる。


 聖田を見た。息一つ、切らしていなかった。そのうえスピードは衰えるどころか、どんどん勢いを増してゆく。


 陽の髪は乱れに乱れ、口もととか、目もととかに、何度も房がまとわりついた。








 踊り場まで出てきて、ハッとなる。


「……先に行ってください、朧さん! 実は。トランペットとかドレスとかっ、大事なもの、部屋にみんな、置いてきちゃったので!」


 陽は嘆いた。こんなことになると事前に分かっていれば、ドレスに着替え、トランペットを持ち、ガラスの靴に履き変えたというのに。



 だけどなかなか、聖田は陽を降ろそうとはしてくれなかった。もちろんスピードを落とす気配もない。その代わりに、はるさん、と声をかけられた。距離が近すぎるせいか、いつになく耳がくすぐったくなってしまう。


「強行突破はお好きでしょうか」


 頭には一瞬、巨大なクエスチョンマークが浮かんだが、すぐに"よくスパイがやってるやつ"のことだろうと理解した。正直に言ったら、陽もああいうの、大好きだ。だって、観ている側は責任なしにわくわく感を味わえるから。

 幼い頃、スパイ映画に憧れて、階段の手すりを渡ってみようとチャレンジしては失敗していたのが、ひどく懐かしい。


「……って! おぼろさん⁈ まさかーー!」


「はい、そのまさかです」


 聖田はにっこりと笑いながら、来た道を全速力で戻っていく。もしかしたら、と思う。聖田きよだ おぼろという人は、ミッションが不可能であればあるほど燃えるタイプなんだろうか。









「陽さん、ドレスはクローゼットに仕舞ってます?」




「あ、はい! ドア横です! それと、トランペットは自分で持ちま……す」


 バスローブに、冷や汗が滴り落ちた。



「はっはぁん! 残念でしたね! 出口なんてどこにもありませんよ!」


 さっき、まわり道までして撒いてきたというのに、御代はもう陽たちに追いついてしまったようだった。肩で息をしているとは言っても、出口を塞がれてしまってはどうしようもない。陽は迷った。このまま、聖田を困らせるわけにはいかない。


「ちょっとだけ、我慢していてくださいね」


 予想外にそう囁かれた途端、陽を抱える手に一層力が込められた。


 一刹那。聖田は仁王立ちの御代を革靴で蹴飛ばすと、そのまま顔を踏み台にして宙高く舞う。


「うわ、わあああっ⁈」


 ーーお腹が上に来た、みたいな浮遊感。


 スローをかけたように三回まわってぐるりと倒れた御代を、聖田はおかしそうに見下していた。


「ふふっ。しばらくそこで、頭を冷やしておきなさい」



 





 ふたりは来たばかりの時に見た、三枚の絵画の前に立ち尽くす。


「相変わらず奇妙ですねえ」


 陽はおそるおそる頷いた。順番もそうだけれど、なぜか額縁が大胆にずらされている。


 それはだんだん、何者かによって"開かれたあと跡"みたいに見えてくる。


「一か八か、飛び込んでみるとしましょうか」


 御代が追いつくまでの、時間稼ぎ。陽を抱えた聖田はそのまま、宇宙を貫くようにーー天国篇を突き破った。





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