58.ばかしあい
『もう遅いから、お前は一旦部屋で休んでろ。ん、ああ……じきに戻る。あとちょっとで見つけられそうなんだよ。それに、イタチごっこのままじゃ腹立つしな』
陽はトランシーバー越しに、誠意を尽くして謝った。何度も、何度も。
入れ違いになるのを防ぎたかったのに。仕事をほっぽり出してきてしまったなんて、ありえない。
「本当にすみませんでした! しかも私、皆さんになんにも言わないで部屋に戻ってしまいまーー」
言い終わらないまま、虚しく通信は切られてしまう。ああ、と嘆く。銀髪ロングのお姉さん探し。陽が極度の方向音痴でさえなければ、たとえ単身でも協力したというのに。
だけど。二の舞になったら、かえって迷惑をかけてしまう。
さっきだって、部屋とトイレを間違えそうになったし。その時、一応あのお姉さんがいないか中をのぞいてみたけれど、やっぱりそれらしき人はいなかった。
ベッドに腰掛けた途端、一日の疲れがどっと疲れが放出されていった。陽は、そのまま足を放り出す。さらさらのシーツが、湿った肌に心地よい。
ちょっと声が掠れているみたいだったのは、気のせいかな。夏風邪じゃないといいけれど、心配だ。
深海に溺れるように、からだが沈んでく。
(ん……蜂蜜レモンが一匹、蜂蜜れもんが二匹、はちみつれもんがさんび……き)
*
今朝のアラームは、規則正しいノックの音だった。
満足に演奏できたのもあって、昨晩は多分……なんというか、そう。浮かれすぎていたのだ。
「ボンジョルノ、陽さん。朝から元気でいいですねえ」
聖田の出迎えに、陽はベッドから盛大に転がり落ちていた。
「そうそう! 陽さんにも、お三方からの連絡が来ていませんでしたか?」
「……あ、はい! ありましたよ! えーっとですね。早く休むようにっていうのと、あとはたしか……あのお姉さんが、もうちょっとで見つかりそうなんだって。」
そういえば、と思う。お互いにおやすみなさいを言い合ったあと、聖田はどの辺りの部屋で眠ったのだろうか。小さな好奇心に突き動かされ、陽は尋ねてみることにした、が。
「ああ。昨晩は偶然空き室を見つけたものですから、そちらのほうに」
聖田から返ってきた答えは、陽の想像を絶するものだった。
(へ、今なんて?)
陽は頬をつねってみる。当たり前のように、現実世界だ。
「なんかものすごい物音が聞こえてきたと思ったら。やっぱり、あなたの部屋からだったんですね」
陽は、御早うですと気怠げに挨拶してきた御代の顔を、まじまじと見つめる。
「なんですか、その目……お察しの通り、小生は裏ルートから潜入しましたので、独り寂しく一夜を明かしましたよ。ええ、そうですとも。カビ臭い物置き部屋でね! はいココ重要ですッ」
ーーそうだった、彼らはあくまで招かれざる客だったのだ。昨日といい今日といい、どうして意識が向かなかったのだろう。
相部屋うんぬんよりも先に、陽の部屋にみんな集まったほうが良かったのではないか。
申し訳ございませんと、聖田はさして悪びれもしない風に頭を下げていた。
「だって、そう簡単にヒントを与えてしまってはつまらないでしょう? 特にあなたみたいな人種には、ね」
あと、と聖田が付け足して言う。
「僕は上司からさっさと寝ろと言われたので、それに従ったまでですよ」
「あ〜、はいはい。そういうのいいですから、はっきり言ったらどうなんです。分かってますよ? 見下してるんですよね? いつだってそうだ。どう取り繕ったって小生は、所詮卑屈なはぐれもの……」
陽はたまらず、御代に駆け寄ってゆく。なんだか、放って置けない危うさが感じられる人だ。
だけど、御代は陽を突き放した。目が合っただけで、ため息までつかれてしまった。
「いやあの、近づかないでください。さっきから思ってましたけど、なんであなたバスローブのままなんですか? 見苦しいことこの上ないな……」
なんだそんなことかと、陽は頬をかいた。
「えへへ、すみません……慌ててたものですから。それにですよ。このバスローブ、すっご〜く動きやすくて! 夏にぴったりだなあと思って、つい」
真っ白のバスローブは、まるでお気に入りのブランケットみたいに肌触りが良かった。
「ついじゃないだろ。パジャマすら持ってきてない小生の気持ち考えたことあんのか。ないな? そういうことです。別にあなたが着たいなら一生着てればいいですけど、マイペースは後で必ず痛い目見るんですからね。ハッ、ドンマイ乙っす」
陽は直感する。これ知ってる、と。
案の定、隣で聖田が口を開きかけたのを、陽は躍起となって阻止するしか道はなかった。