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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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57.忖度はいらない、熱意はある。


「分かりました。そういうことなら、ボーー社長に、ひとまず許可を取らせていただきますね!」




「マルカ通商、でしたっけ。はぁ、行方不明者が、何呑気なこと言ってるんだ?」


 その男性は小さく舌打ちを鳴らしていた。


日楽あきら はる。6月7日生まれのO型。独身で同居人はなし。

警察がまともに取り合ってくれないということで、ついにあなたの会社から小生に、捜索依頼の話が舞い込んできたんですよ」



 どうしても、陽のまばたきは止まなかった。



 知らない間に、そんなに大事になっていたとは。それから、と告げられる。


「あなたは上司から陰惨なセクハラ被害を受けていた。うん、そうですね? 会社員数名から告発がありましたよ…………しかし小生としては、まさか被害者自らがマフィアに仲間入りしちゃうだなんて、夢にも思いませんでしたけどね」


 後ろからだと、聖田の耳たぶが、ほんの少しだけ開いたようにも見える。


「ーーおお! 貴方の辞書には、プライバシーという単語が存在していないようだ」


 凍てついた空気に、会場内はまたざわつき始める。


 陽は一度、背中から抜け出た。


御代みよ 武美たけみさん……?」


 陽は差し出された名刺と、目の前にいる男性とを、まじまじと見比べてみる。


「ええっと、もしかしてジャーナリストの方でしょうか」


「まあ、そんなところですかね。小生普段は記者の端くれとして、彼の御代新聞社にて、あくせく日銭稼ぎをしているのですーー」










「小生の夢はずばり、選りすぐりの俗説をこれでもかと敷き詰めた、珠玉のハードブックを世に出すことなのです」


 時刻は、すでに23時を回っている。階段を急いで駆け上がってきたものだから、陽のかかとはずきずきと痛みつつあった。


「なるほど陰謀論者ですか」


 色々包み隠さない様子の聖田に、御代は唇だけを歪めた。


「今、小生に対して陰謀論者との発言があったようですが、何か適当な根拠でもあるんですか? え、ないですよね? 見当違いも甚だしい……はあ、二度はないですからね。これからは意見する前に、ちゃんと筋道通った理由でも考えておくといいですよ。恥もかかないですしね。どんなおもしろい嘘が混ざってるかも、楽しみに待ってますから。はい論破」


 御代の凄まじい剣幕に、思わず陽は圧倒された。冷や汗すら握っている。


「あ! あの、二人とも落ち着いてくださーー」


「マスカレードで相手の素性を探ることは、古くから禁忌タブーとされてきました」


(えぇ。どの、流れで……?)


 陽はなんの繋がりもない聖田の返答に困惑してしまう。


 すると、聖田は人差し指を顔の前に持ってきてこう問うた。少々不躾だとは思いませんか、と。


「いやはや、そんな言わずと知れたマナーでさえ理解できないような貴方に、果たして道理は説けるのでしょうか」


 聖田はそう言うと、いささか爽やかすぎる笑みを浮かべる。


 周りの目を気にして舞踏場から食堂まで避難してきたはいいものの、二人はさっきからずっとこんな調子だ。誰に対しても柔和な態度を崩さない聖田にしては珍しく、紡がれる言葉はちょっぴりスパイシーだった。





 テーブルに置かれた"ネタ帳"と大きく見出しのついた緑のノートには、ジャンルごちゃまぜの話題が、刺々しい文字で書き殴られたように並んでいる。


 陽はそれを、小さく声に出して読んでみた。


『我々がおかしいのではない、世界がおかしいのだ。フラットアースの正当性』


『このままでいいのか⁈ ムダ遣いされ続ける機密費』


『もう騙されない〜ジパング人は他の圧力によって進化を妨げられている〜』etc……




「あぅ、その……えと、それは。小生のとっておき、的なものでして」


 御代は、背中を縮こませながら陽を見る。


 聖田は、陽からびっしり文字で埋まったノートを受け取るとため息をついた。ああ、と。


「左様ですか。仮にも、御代新聞社なのに」


 左様の左を、どこか強調しているような気がしたのはなぜだろう。聖田は、溢れんばかりの笑みを溢していた。


「ハ……あなたずいぶん、お洒落に嫌味を忍ばせるのが得意なんですね」




『新進気鋭の若警視総監Wが、悪名高い暴力団と癒着か⁈』


 そんなメモが、スクラップ写真と一緒に視界に飛び込んでくる。写真には細身の男がただ一人写っていたが、背後にそびえ立っているのは他でもないーー陽たちが今いる城だった。



「薄い唇……あれ、私、この人を、どこかで……」


「ああ、若狭ですか。そいつは黒でほぼ確で、どうもマフィアと繋がってるらしいのですよ……そこで、です。カルマファミリーは、そういった悪党どもを制裁する組織なんでしょう? せっかくだし、ちょっと協力してほしいことがあって」


 何を要求されるんだろう。陽は聖田と、顔を見合わせる。


「小生は、調べあげたのです。この城の主を。その名もーーエリベルト・ザンザーラ。ザンザーラファミリーの、現首領。小生は思いました、若狭とザンザーラに対談させたら面白いんじゃないかって。もっといいものが書けるんじゃないかって。そのためにも、カルマの構成員なんかにエリベルトの召集をお任せしたいのですよ」


「つまり引き摺り下ろせということですね、なあんだ。それだけなら、いっそのことあなた自身が囮になればいいじゃないですか。記事は僕が代わりに書いてあげますから。」


 御代は聖田の提案に、むっと顔をしかめさせた。


「本末転倒です。それじゃあ、小生が有名になれない」


「いっぺん逝ってしまえば、各局で大々的にあなたの名が報道されると思いますけれど」


 どこにとは明言しなかった。聖田は万々歳じゃないですかと微笑んでいる。


 ぽろりと落ちそうになった御代のヴェネチアンマスクを、陽は慌てて拾う。



「……っ御代さん、あのっ! しそゆかりごはんを、無性に食べたくなっちゃった経験ってございますでしょうか……⁈」


 菊花のような模様を見て、思いついた。たとえ敬語が変になったとしても、陽はもう耐えられなかった。


「うぇっ、それ、小生に言っておられる? あっ、いや、まあ、なくはない、ですけど」


 敬語が変になったのは、御代もだった。陽は同士を見つけて、にんまりと笑う。


「一人暮らしを始めてから、食べたくなる衝動が多くなったと思いませんか? しそゆかりごはん」


「あ、はは、わかるかもです。なんか、二ヶ月に一回くらい食べたくなる衝動に突き動かされる、みたいな。そうそう、小生はよくスーパーを利用するのですが、棚の上に保管しておいたふりかけの存在も忘れて、めんどくさくなって結局スーパーの常連になるんです。悪循環です。あれは絶対店側の策略だ……よし、これもメモしとこう」


 しそゆかりごはんだけでこんなにも意気投合できると思わなくて、陽は正直驚いていた。



 話題提供ありがとうございます、と御代は陽に握手を求めてきた。陽は遠慮せず、それに応じる。



 ネタ帳には、


『全国民はスーパーに踊らされている。業界の闇について』


 と、書かれていた。



「ふ、ふふふっ……さすがですねえ、陽さんは。本当に、見ていて飽きない」


 どうやら陽の質問は、聖田のツボに刺さってしまったようだった。



 今日のところは引き取ります、と御代が勢いをつけて席を立った。


「だけどッ、小生は決して諦めたわけじゃありませんから! いいですか⁈ 明日だ。明日までには、必ずやあなたたちの弱味を握ってやりますからね!」


 御代の後ろ姿が、どんどん遠ざかっていく。陽はその背中に手を振った。


「"おととい来やがれ"ですよねえ、陽さん♪」


「……朧さんって、もしかすると口が悪い?」


 聖田が、目をぱちくりとさせた。陽はまたやってしまったと思う。心の声が、全部漏れ出てしまうなんて。


「こんな僕は、お気に召さない?」


 からかうようにそう聞かれると、陽は全力で両手を振った。


「いいえ! ただちょっとだけ、私に、心を開いてくれているのかなって」


 いつもの聖田はなんというか、自分の表面にうっすら膜を張っているみたいで、あえて他人との間に、明確な線を引いているような気がしたからだ。ただしそれも、陽の気のせいでなければ、だけど。


「それで? 陽さんはどう思ったんですか」


ーー僕、察しが悪いみたいだから分からなくて。


 陽の口が、うの形になりかかる。聖田は、試すようにこちらを見つめていた。


「うれしいと思いました! すごく!」




「ありがとうございます。あは、言わせてしまいましたね。それじゃあ陽さん、僕たちもそろそろ、あてがわれたお部屋へ向かうとしましょうか」


 陽はハッとなる。そうだった。終わったとばかり思っていたけれど、マスカレードは二晩開催だった。


「ーーああ、大事なことを伝え忘れていましたよ。それも、陽さんと僕が……相部屋だったということを。」




 一瞬、普通に相槌を打ってしまいそうになる。


「へ、へええええっ⁈ ……あ、あの、私は頑丈だし、床で寝れると思うので、朧さんは絶対絶対、お気になさらず!」


「うふふ、慌てちゃって。湯たんぽにしようと思っていたのに、そんなに僕と寝るのが嫌なんですか? もちろん、冗談に決まっていますよ」


 部屋を目指しながら、傷つくなあと、聖田はずうっとくすくす笑っていた。


 陽は、悔しさと恥ずかしさで胸がいっぱいになる。



……だからだろうか、何か重大な使命を忘れていることになんて、気づけなかった。


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