55.慧眼
『あ、影ちゃーん⁈ こっちにはいないよー! 銀髪のコ!』
トランシーバーに、女子トイレを探っていたセイコからの連絡が入った。
『二階とか三階とかもちゃんと確認しときたいから、いったん切らせて!』
聖田はオペラグラス片手に、広い会場内を隅から隅まで見渡している。
ヴェネチアンマスクの裏では、金の瞳が柔らかい弧を描いていた。
「……うん。たしかに、君守さんの見間違いというわけでもなさそうですね」
いなくなってしまったというあのお姉さん、本当に"悪い人"なんだろうか。
あのお姉さんは、鼻血が出て大変な人たちを、文句のひとつも言わず甲斐甲斐しく介抱していたはずなのに。
(そんな優しい人が、ザンザーラファミリーの仲間だったなんてこと、あるのかな)
どこかでまだ、影助たちの話を信じきれずにいるみたいだった。
現に、今でも陽は上の空だ。
なんというかすごく、胸のあたりがもやっとしてむずがゆい。
そうして陽は決心した。
やっぱりあんな素敵なお姉さんが怪しいはずはない、と。
トリュフだって、感動しながら美味しそうに食べていたし。
声音だって、朗らかで優しい、綺麗なソプラノだったし……
うぬぬと首を傾ける。
でも。できれば信じたくはないけれど、それらには全て、あのお姉さんにはこうであってほしいという陽の願望だったり、期待なんかが入り混じっていたりするものなのだろうか。
「……あの! 私にもお姉さんを探すの、手伝わせてくれませんか」
考えるより、まず行動。陽はそう精一杯主張してみることにした。
しかしみんなは、決して首を縦に振ろうとはしなかった。
どうしてですかと理由を聞いてみると、恵業たちが城中を自然に探りやすくするため、本来ならば来るはずだった楽団の代わりに、陽にはトランペットを演奏してほしいのだと、かえって懇願されてしまったのだった。
「それに、万が一入れ違いにでもなっちまったら大変だろ」
だけどちょっと、腑に落ちない。それほどあのお姉さんは、簡単には見つからないぞということなんだろうか。考え始めて、陽の頬は、だんだん膨らむ。
「だから、"お前ら"は着いて来るなよ」
そう静かに告げると、恵業はふいに、陽の後ろへと視線を投げかけた。
「……プラスアルファで、だ。陽がまたこの間みたいな由々しき事態に陥らねえよう、護衛はお前に任せるからな。聖田」
陽は光の速さで後ろを振り返る。聖田は、ゆったりとストレッチをしていた。
ストレッチが終わると、聖田はびっくりするほど綺麗な笑みを向け、やがてもったいぶったように唇が動かされた。
「陽さんのすぐ側でサポートができるだなんて、僕としても願ったり叶ったりなことですよ。ええ、謹んでお受けいたしましょう」
*
恵業は結局、海賊の船長さんみたいにマントを翻してお姉さんを探しに行ってしまった。影助も、それに続く。
シャンデリアの灯りに、トランペットの金の体がめらめら照らされる。
「み、みなさまもう少々! あとちょっとばかりお待ちになってください!」
どもりながらも、壇上の人物は進行どおりにやろうと必死だった。
すると陽の耳はたちまち、湿った風が通り過ぎたようにくすぐったくなる。
「……実際に京都で暮らしてみた僕の立場から言いますと、関西の方の多くは、待つことに対してかなり不慣れなようでしてね」
ほら、ちょうどあんなふうにーーと、聖田から向こうの扉を指差される。
見ると、派手な衣装を身に纏った男女四人組が、余ったトリュフを袋に詰めているところだった。
「いやいや、もおこんなんどないすんのって話やんな?」
「全部アカペラっちゅーのも、さすがにな」
「なああんた、もう帰らへん?」
「そうやなあ。ま、えらい茶番やったわ」
言われてみれば、たしかに会場内の男女たちからはすでに、お世辞にも良いとは言い難いような雰囲気が醸し出されていた。
大きく、息を吸ってみる。
本音を言えば、陽だってお姉さんを追いかけて行きたかったけれど。
上手くできるんだろうか、もし陽動作戦だって気付かれたら、陽たちはすぐに城の外へ放り出されてしまうかもしれない。最悪の場合、命の危険が伴う可能性だって捨てきれない。
だけど。
陽は聖田に笑い返す。
ーーだけど今。どうしてこんなに、わくわくが止まないのかな。
(みんなを圧倒させてやろう、相棒)
トランペットを、包み込むようにハグする。
そうして陽は手始めに、帰り支度をする四人組を呼び止めてみることにした。