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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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53.チョコ頬張って



 満を持してマスカレードが開幕されたはいいものの、会場内ではハウリングのように男女の声がひしめき合っていた。



「え……なに? 踊るのに音源がないですって⁈」


 そばに控えていタキシードの男性に耳打ちされた壇上の人物は、マイクも切り忘れたまま慌てふためく。


 聞けば、生演奏を披露するはずだった楽団の到着が、天候の影響によって大幅に遅れてしまっているということらしかった。


 盗み見するつもりなんてなかったのに、壇上の人物が小さく舌打ちしていたのをはるはしっかり目撃してしまった。


 人差し指に、マイクはとんとん叩かれている。こちらが唸りたくなるほど不規則なリズムだった。


「えぁ〜、ごほん!……皆さま! それではですね、気を取り直しましてっと。ひとまず腹ごしらえといきましょうか! なに、ゲストが到着されるまでの辛抱です」


 そうして、がばりとテーブルカバーが開かれる。その中には、ナッツのまぶされたローストチキンに、デザートらしきチョコリコッタケーキ……普段ならばお目にかかれないほどのご馳走が、これでもかと言わんばかりに並べ立てられていた。


 それに。


「ちょこれーとふぉんでゅ……」


 子どもの頃、よく訳も分からずマシュマロを黒々とした噴水にとっぷり付けていたのを思い出す。あの特別なおやつは、たまに連れて行ってもらえるホテルのバイキングくらいでしか味わえなかった。



 それじゃあさっそく、感動の再会ということで。


 陽は勇んで、花柄の浮き出た皿を手に取るが、悲しいことに念願が叶うことはなかった。影助から"まだ様子を見ろ"とどやしつけられたのだ。


 食い意地の張った陽には結局、涎といちごしか残らなかった。



「さぁさぁ! 皆さま、固まってないで。ビュッフェスタイルとなっておりますので、お好きなものをたーんとどうぞ!」


 陽も、遠慮しないでとぐいぐい背中を押される。その勢いのせいか、ドレスのファスナーが開いたことに数秒経ってから気付いた。あられもない開放感に、急いで背中を隠す。陽は背中に手が回らないタイプの人間だったので、悪戦苦闘していたところ、肩甲骨くらいまでだったファスナーが一気に腰上あたりまで下がってしまった。


 その後セイコがこっそり直してくれたのは、もはや言うまでもない。


 陽は申し訳なさと恥ずかしさ、それから感謝の気持ちですぐにお腹がいっぱいになった。





「わあ〜! うま〜っ! なんですのォ、この宝石みたいなチョコは! ポリフェノールが強い!」


 周りが動かない中。マーメイドドレスを着た銀髪ロングの女性は、艶々したトリュフひとつひとつに感動しながら、幸せそうにそれらを頬張っていた。傍目から見ても、気持ちの良い食べっぷりだった。その豪快さといったら、陽もつられてトリュフをつまみたくなるほどだ。は、となって手を止める。


(自制っ自制自制自制自制自制自制自制ーー!)


 危ない。陽はしばらく、頑張って僧侶に徹しなければいけないというのに。


 もう一度、心を無にする。


 そうだ。こんな時は人間観察でもしてみよう。そうすれば、気もいくらか紛れるかもしれない。


 見れば、銀髪ロングの女性へ続くようにして、大勢の人がトリュフの列に並んでいた。その様子はなんというか、スイミーに見えなくもない。いや、もしくは民衆を導く自由の女神か。


 収拾がつかなくなった陽の脳内。そこではインフルエンザにかかった時に見る夢みたいに、ぐるぐるいろんなことが浮かんでは消えていった。



 お腹いっぱいになったつもりでいたのに。陽からしたら食欲の我慢なんて、拷問にも匹敵するくらい辛かった。




 しばらくして、食事を楽しんでいる最中だった女性たちが、どうしてか次々と鼻血を出し始めた。


 もしかしたら、チョコレートを食べ過ぎてしまったのかもしれない。


 その時にはもう、"お腹すいた"の波は幾分か通り過ぎていたので、陽もその場にいた男性と一緒に冷静な対処をしようと試みる、が。


「あらあら大変だこと! ほら、これ使って。うち、こう見えても看護師なんですよ」


 陽たちが鼻血を拭き取るより先に、さっきの銀髪ロングの女性が介抱を始めていた。


 彼女は緑、白、赤……と、非常にカラフルな箱ティッシュを次々に差し出す。まるで不思議の国に伝わる手品みたいだ。応急処置に、陽もひと安心。ほっと胸を撫で下ろす。




「鼻血なんざ、別に看護師じゃなくたって止められそーなモンだけどな」


 遠くから歩いてきた影助は、陽の肩へ肘を置きながら訝しげに囁いてくる。陽はちょっと考えた。




「そうですかね? 私だったらーー看護師さんになら、全身委ねちゃうかもしれないです! なんだろう、あんまり上手くは説明できないんですけど、安心して〜って言うのかな」


 やっぱり世の中、何に対しても餅は餅屋だ。それにあの優しいお姉さんとなら、陽はすぐにでも仲良くなれそうな気がしてくる。


 そんなふうに、何か確信めいたものが胸の内にはあった。




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