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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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51.開幕ドレスアップ





 

 スリットが大胆に開かれたタイトドレスが、セイコの足に吸い付いている。はるはその大人っぽさに、すっかり見惚れてしまっていた。


 かわりばんこに更衣室を使っていると、さっそく影助が出てきた。


 本人はあくまで不機嫌そうだが、髪の結び目に小さなリボンが付いていて、なんとも可愛らしい様子だった。整った鼻筋と肩章も相まってか、まるでどこかの国の王子さまみたいだ。白馬で国中をぱからぱからと駆け回っていそう……だけどもしかしたら、影助の場合は暴れん坊のお殿様になるのかもしれない。


 そっちのほうがすぐ想像できてしまって、陽はほんのちょっとだけ笑ってしまう。


 直後。それを見逃さなかった影助から、おかしいって言いてえのかと凄まれたので、陽はそこだけは全力で否定した。



 それでいて、どこかの王子みたいだと恵業が溢した途端、影助はぱっと顔色を変えてしまった。そちらはまんざらでもなさそうだった。似たようなこと言ってるのになあと思ったのは、影助には絶対内緒だ。はるは唇をちゅいっと尖らせた。





「はいは〜い! 次、ヨウちゃん入りまあす!」





 更衣室の中からでも、セイコの元気な声はよく聞こえてきた。








 シンプルかつ、上品なフレアドレス。なんとファッションアドバイザー・セイコは、陽の好みを的確に把握してくれていたようだった。


 陽はあまりの嬉しさに、ヨークシャーテリアのごとくその場でくるくる回ってみせる。するとフリルは、輝く翼のように一段と光沢を帯び始めた。


 つま先を包むガラスの靴を夢心地で見つめる。今に至るまで慌てて準備を進めていたから、ダンスの練習なんてこれっぽっちもしていなかったけれど。でも、ガラスの靴といえば魔法だ。きっと陽の履いている靴にも、素晴らしい魔法がかけられてーーは、さすがに違うのかな。


(ガラスの靴……転ばないようにそーっと踊ろう)


 なんであれ。


 色々気にするよりも先に、けっして安くはないだろうドレスを快く貸してくれたセイコに、ひとまず感謝を伝えたいと思った。陽は姿勢よくお辞儀する。








「……っセイコさん! ありがとうございます。こんな素敵なドレ」


「きゃーッ! きよちゃんヨウちゃん、新郎新婦みたいでかあわいー♡ やっぱりアタシの見立て通りだったみたい! ヴェールがあったら、もお完璧じゃんね!   はぁ、己の才能センスがおそろしい……!」


 セイコは興奮の熱を冷ますようにして、扇子をぱたぱた仰いでいた。多分、竹でできたそれは、さっき京都駅で買ってきたものなのだろう。



 後ろを振り返ってみる。黒は黒でも、燕尾服。美しいループタイに気を取られていると、聖田は口に咥えた片方の手袋をゆっくりと嵌めながら、こちらに近づいてきた。


「そんなに心配する必要はありませんよ。……透明で、脆そうに見えても。ガラスは意外と頑丈ですからねえ」


 視線が絡み合った。悟らせてしまうくらい、陽の顔には不安の色が滲み出ていたんだろうか。


 聖田いわく、ガラスは断面積たった一平方センチメートルあたりでも、十一トンもの荷重に耐えることができるんだとか。


 ほへぇと物知りな聖田に感心していたら、いつの間にか足のむずがゆさには注意がいかなくなっていたようだった。



「それよりも、心配すべきははるさんのお体のほうでしょう。靴だけでしたら、いざという時すぐに助けてあげられますが」


 袖もストールもついていない、剥き出しの肩を抱かれた。

 すぐそばまで来ていたチューベローズの官能的な香りに、陽はそのまま、酔いしれてしまいそうになる。



 大丈夫ですよ、と口を開きかけたところで気づいた。たしかに、肩のスースー感は否めないと言えど今は夏場だ。逆に捉えるとそれほどに、聖田は温度を感じにくいひとということなのだろうか。もしそうなら"感覚に疎い"というのも、いよいよ現実味を帯びてきた気がする。





 頬を刺すように、潮風が一段と強くなった。


 断崖絶壁にそびえ立つ、要塞のような城。入り口には、受付係らしき人たちが数名待機していた。だけどなぜか、皆一様に顔を隠している。


 陽はそこで招待状を見せると、ヴェールの代わりにヴェネチアンマスクを受け取ることができた。なんだか、小説に出てくる怪盗とかがよく着けていそうだ。マスクをふちどる金の刺繍が、いっそう妖艶さを際立たせていて麗しい。


 受付係が他のみんなにも招待状を見せるよう指示すると、セイコは瞬時に"聖ちゃんアレ貸して"とスカーフをひとつ取り出した。


 もしかして。薄手のスカーフに招待状の内容をそっくりそのまま模写したんだろうか。だとしたら、四人分もあるしけっこう時間がかかったかもしれない。


 陽は一生懸命思考を巡らした。





「ふふん。得物じゃないだけでも感謝してよねー?」



 やっぱり、というか。陽の予想なんてちっとも当たらず。


 セイコは聖田が投げた小瓶を手にすると、あろうことかーー中身を全部スカーフにこぼしーーそれで受付係たちの口を覆ってしまったのだった。





あとがき


ヨークシャーテリア!歩く宝石!

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