49.首都にはセレブがお住まいと相場が決まってる
「この超絶美少女、オレプロデュースなンだけどさ、なかなかイカしてンだろ?」
影助に、どこかのガキ大将のように肩をバシバシ叩かれた駿河から、恨みますよ陽さんという、悲しき視線を察知する。顔はこれでもかと言うくらいに引き攣っていた。
「千年に一人の逸材だな。まあこれで、ザンザーラの坊ちゃんもご満悦だろうさ」
うんうん頷く恵業に、陽は眉をひそめるほかなかった。
*
陽はみんなが寝静まったのを確認すると、さっそく荷作りを始めた。念のため、いつ演奏してもいいようにチューナーをリュックへ詰めておく。
気分はエルマー少年だった。チューインガムではないけれど。
『まあこれで、ザンザーラの坊ちゃんもご満悦だろうさ』
探さないでくださいという置き手紙を書いている最中、恵業の言葉が脳内で反芻した。
もしもあの手紙が、ザンザーラファミリーから送られてきたものだったんだとしたらーー陽は明日、朱華と鉢合わせる可能性があるかもしれないということだ。
やって来る痛みに、陽は胸を抑える。
カヨのこと。カヨとの関係。カヨを、殺したこと。
それら、まとめて全部。朱華と真正面から話をしてみたいと思っていた。その、はずなのに。陽の手は勝手に、銀の銃をトランペットケースの奥底に忍ばせていた。
自室を出ると、陽は暗がりにランプの明かりを灯す。この先どうなるかは全く予想がつかないが、片手にある座標だけを頼りにして。座標が記載されたマスカレードへの招待状は、今朝廊下に落ちていたのを発見したので、そのままくすねてきてしまったのだった。
魔が差したと言うべきか。ちょっと罪悪感もあるし、偶然にしては出来すぎているんじゃないかと思ったけれど、陽はせっかくここまで来たんだからと己の運を信じてみることにした。
抜き足差し足で歩いていたら、陽は誰に見つかることもなく、玄関まで辿り着くことができた。夜明け前の出立にして良かったと、心から安堵したーーそう、始まりの第一歩を踏み出すまでは。
扉を開けると、陽は怖い"お兄さんたち"に囲まれていた。
ティッシュ配りではないその人たちは、右から影助、恵業、そして聖田だった。
「よお。いーなァ、ンなデカい荷物抱えて。今から冒険にでも旅立とうってか」
「えと、これはですねぇ……自分探しの旅というかなんというか」
影助は言わずもがな、聖田なんてさっきから壁にもたれかかったまま、満面の笑みを一ミリも崩していない。
手に汗を握る。きっと、サングラスの黒スーツ集団に見つかった時ってこんな感じなんだろうな。視線が泳いでいるのが、自分でもよく分かった。
「予想的中しちまったな。やっぱり、お前ならそう来るだろうと思ってたよ」
陽は人差し指どうしを擦り合わせた。だけど、今回ばかりは明瞭な動機がある。それと譲れない意地も。
巻き込まれただけの駿河に、本来なら陽がすべきことをなすりつけるわけにはいかなかったからだ。
しばらく気まずい時間が続いた後。
はい、どうどう〜と、セイコが影助たちを押しのけてきた。
つばひろ帽にーーそれこそサングラスを付けて。女優然としたセイコは、陽のリュックよりもはるかに大きなスーツケースをガラガラと引きながら、格好良くハイヒールを鳴らしている。
「さ、早く出ないと、ここから駅まで間に合わないよ。都がアタシを呼んでるの」
リップが良い塩梅だということを確かめると、セイコは颯爽とサングラスを外してそう告げた。
*
新幹線から大量の人が流れ出ていくと、熱風が突如、陽の頬をぬるりと撫でた。おこしやすと書かれた看板が目に飛び込んでくる。
「私、生まれて初めてです。京都へ来たの! ほわあぁ……駅に劇場も入ってるなんてすごいですねえっ!」
劇場以外にも、ホテルに、遊戯場に……もはやファンタジーである。
「ああ。なんせセレブばっか住んでる"首都"だしな」
「遷都されてはや40年、か」
恵業はしみじみとそう呟くと、陽たちよりもっとずっと先を、淋しげに見つめていた。
陽は感動と興奮のせいか、なんだかつま先まで熱を帯びてきたように感じる。駅構内自体が、巨大なガレリアのようになっていたのだ。
晴天が筒抜けのガラス屋根に、陽は思い切り手を伸ばしてみる。もしも上まで飛んでいけたなら、京都の街並みを一望できてしまいそうだ。
もちろん、陽には翼なんて生えていないけれど。自分でもおかしくって、くすくす笑ってしまう。
優美なモザイク装画が描かれた床を、みんなで歩く。
お土産売り場まで来ると、陽はなんとも形容しがたい不思議な引力に抗えず、人だかりの方へ吸い寄せられていってしまった。
ーー八ツ橋の襲来である。
「待て陽っ! 早まンじゃねーよ。それ、東京でも売ってンの見たぞ」
「分かってます。でも、それでもっ……私、本場生八ツ橋の誘惑には勝てません!」
たとえ影助に首根っこを掴まれても、陽は頑として財布を離さない。
恵業は日常と化した二人のコントに、乾いた笑い声で言った。
「みんなよく聞け。長旅で疲れただろうし、ここらで一旦……って、こりゃ誰も聞いてねえな」
セイコも、つばひろ帽を片手で押さえながらショーウィンドウを物色しているようだった。
「うふふ。いざとなれば僕が近道を案内しますし、各自に任せていいんじゃないでしょうか」
聖田は、地元民しか知らないような隠れルートをあたかも知っているふうに言う。
「お前、物知りだよな。本当に掴みどころがないというか」
「ええ。知ってるも何も、僕の大学ーーこのあたりにありましたから」
その事実にみんなが口を開けると、聖田は庭みたいなものですよ、と笑顔で付け加える。
今日、一番の驚きだった。