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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第4楽章 ザンザアラ・マスカレヱド編
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46.インチキサイコメトリー



「ふむーー散らばった札束に、血痕のついた手。なにやら男女が揉み合っている。……と、それから複数人の男の声が聴こえるな。」


 よくもそんなに、すらすら言葉が出てくるものだ。朱華はねずはお盆を脇に抱えたまま、つい魅入ってしまう。




ーーサイコメトリー。俗に言う、超能力。


 物体に触れるだけで、それにまつわる人物や出来事の情報を読み取ることができる、なんともオカルトチックなパワー(吸血鬼の特技らしい)なんだそうで。


 エリベルトは遺留品を前にして、事前に打ち合わせしてきたみたいに日本ジパング語を羅列させていった。

 サイコメトリーは、朱華がなんの下心もなしで褒めることのできる、エリベルト唯一の長所だった。


 しかし、いくらエリベルトが吸血鬼と持て囃されているからと言って、凡人がそこまでやる必要があるのだろうか。やはり過剰なほど周りから期待されたり、奇異の目で見られたりすると、本人も乗せられて勘違いしてしまうんだろうか。


 なにも、超能力の存在を本気で信じているわけではない。オカルト少年じゃあるまいし。思い込みって怖いな、と朱華は他人事のように思う。


「それじゃ、他殺と見て間違いないんですね」


 普段パチモンばっか着込んでる、ポーズだけの若警視総監さまにしては、わりかし仕立ての良さそうなシャツを着ていた。おそらくこの間、晴れて花一倶楽部の幹部を捕まえた時にでも奮発したのだろう。


 ーーっていやいや、そんなことより。


 朱華は己の業務にほとほと疲弊していた。今日だけでもう何度、お茶のおかわりを、と気安く声をかけられたか分からない。エリベルトの部屋から厨房まで、行ったり来たりを繰り返す。


 ーーなんやねん。あいつ、明らかに俺よか年下なのに。三杯の茶よろしく、おもてなし精神見せろってか。へえへえ、そこまで言うなら見せたるけどな、仕方なく。




 だいたいこういうお茶くみ業務は、ふつう会社のマドンナなんかにやらせるものだろう。この伝統的な考え方について、いわゆる"フェミニスト"たちからはどうたらこうたら言われるのだろうが、あくまで朱華はそう思ってしまう。


(はーあ。いつの時代も、少数派は声がでかいもんや)


 思ったところで、自分のお気に入りの女の子A、B、C……(以下略)たちには、たとえ口が裂けても言わないけれども。


「露ほども興味はないが、暇つぶしに聞いてやろう。なぜそのような細々した事件ばかり追っている?」


「はは。なぜってそんな、被害者があの産成うぶなりコーポレーションのご令嬢だったからに決まっているではありませんか。いいですか? 事件において何より重要なのは話題性なんですよ、わだいせい。皆々様の関心を惹くような、ね。わがまま放題に好き放題。国民のヘイトが溜まりに溜まって……おっと。これ以上はいけない」


 若警視総監は、長ったらしく自論を述べたと思えば、さして困ってもいない風に首を埋めてみせた。


「ご協力、ありがとうございました。ザンザーラさんには今後ともご贔屓にーー」


「なに、減るものでもなし。……こちらも好きにやらせてもらっているのでな」


 見れば、二人して高らかに笑っている。朱華はエリベルトの特注・プラダスーツの、袖の下を覗いてみる。まるでどこぞの悪徳商人とお奉行さまのようだ。苦笑しつつ、うへえとひそかに声を漏らした。



「異例のスピード出世、だったか」


 エリベルトが、意味ありげに若警視総監の方をちらりと見やる。


「ええ、おかげさまで。いやね、その節はどうも! ジパングの未来は、他でもないーーザンザーラさん、貴方の手にかかっているんですからねえ。ふふ、ふひいひぃっ」


 同意を得るかのように、こちらを一瞥される。自称塩顔イケメンだかなんだか知らないが、朱華にはゴマをする狐の横顔にしか見えない。上手いことを言ったつもりの彼に、あんた全っ然おもんないで〜と思いながらも、朱華は優しい愛想笑いを浮かべるのに徹した。


 若警視総監が、満足そうにスキップを踏みながら出ていった。



 利害の一致。朱華は皮肉って鼻を鳴らす。

 無論、すべてのことは、エリベルトの能力にあやかっているだけの自分が言えたことではないが。朱華は唇の端を、自分でも分かるくらいに吊り上げていた。



「ああーー早く血を浴びたい。まったく、力を使いすぎるというのも考えものだな。体が渇いて仕方ない」


 さっきお茶のおかわりを取りに行くついでに沸かした風呂へ、エリベルトがゆっくりと向かってゆく。

 その後ろ姿を見て、一日だけでいいから失踪してみたい、と思った。

 なんてったってエリベルトは、自分で風呂なんか沸かしたことがないのだろうから。慌てて、そのまま砂にでもなってしまったらもっとおもしろいのに、と。


 朱華が無意識のうちにほくそ笑んでいたのを、エリベルトは見逃さなかったようだった。


 弱者に圧を与えるがごとく、エリベルトはもたりと振り返る。



「朱華、例の件の方は順調か? その顔だ、きっとお前も少女をとめを夢想していた最中だったに違いあるまい」



「……はいはい、滞りのうございますよー」



 今までも、これからも。朱華が自由研究を提出することは多分、ない。



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