45.君守先生の銃撃講座
「今でも思うんです。あの時、私にカヨちゃんを守る術がもしあったなら、って……」
ーー何かが、何かが間違いなく変わっていたんじゃないか。陽は目を伏せる。瞼の裏では、エンドロールみたいに延々とカヨの死に様が映し出されていた。
聖田から、村人をザンザーラファミリーに引き渡していたのはカヨだと聞いた。
だとしても、考えてしまう。少なくともカヨは、あんなむごい最期を迎えることはなかったはずだ、と。
どうしようもない後悔が、うずまきのように陽の胸を蝕んでいる。
もっと切れ者だったら、とか。誰かを守れるほどの力があれば、とか。
陽はそんな、たらればばかり並べ立てる自分が心底嫌いだった。
あたりを、見まわす。殺風景な部屋。防音加工がなされているこの部屋ならば、誰にも声は届かないだろう。大きく、ゆっくり息を吸う。陽は、目の前で腕を組む"先生"に深々と礼をした。
「改めて、私をあなたの……弟子にしてください!」
今度こそ、後悔なんてしたくない。ひとりでも多くの命を、守れるようになりたい。
「やだね」
ーーズバッ。
陽が差し出した右手は、無情にも振り払われてしまった。これぞまさに、一刀両断。行き場を失った手が、やけに虚しい。
「な、なんで⁈ ボスからも、教育係にって」
漢に二言はないんじゃなかったか。思いもよらぬ返答に、陽はあたふたしてしまう。影助はふんと鼻を鳴らした。
「オレは何も、必ず銃を教えてやるとはヒトコトも言ってねェ」
陽は頭を抱えた。世紀の大ショックである。
たとえば賢い人ならば、前もってボイスレコーダーでも準備しておくのだろうが、依頼人の恵業に影助がなんと言っていたかなんて、記憶があやふやの今となっては確認しようもない。
「そんな……そこをなんとか!」
「ムリなモンはムリ。つーかお前陽動部隊なンだから、のんきにラッパだけ吹いてりゃいいじゃねーかよ」
陽だって、勝ち目が0のまま引き下がりたくはない。
どうすべきか悩んでいた、その時。セイコから教わった"秘技"をはたと思い出した。
思えば、その秘技というのがまた不思議で、何か困りごとや頼みたいことがある時に活用すべし、と説明を受けていたのだった。
理由こそ教えてくれなかったが、なぜか影助にはよく効くらしい。それも武器以上に。
陽は秘技を初めて使うから、うまくいくかは分からない。でも、まずは何事もやってみることが大事だよねと己に言い聞かせてみる。
「待ってください、影助さん」
陽を置いて去ろうとする、影助のシャツの裾をぴっと引っ張る。陽は深呼吸する。
『ーーこれ、カルマファミリーに代々伝わる最終奥義だからね。よく覚えといて。そんでさ、実践したら絶対アタシに教えて。うん。絶対、絶っ対、ぶふっ……効果抜群だから。それじゃいくよ? 必殺、上目遣い!!!』
ーーbyセイコ
(セイコさん、私いま、ちゃんとできてるんでしょうか……⁈)
一体この行為に、なんの意味があるというのだろう。裾を掴む手がぷるぷる震える。正直、得体の知れない羞恥心みたいなものがあった。
そのうえ最悪なことに、肝心の影助からはなんの反応もないようだ。失敗、してしまったんだろうか。
恥ずかしさのあまり瞑ってしまった両目をおそるおそる開けてみる。ーーそこには、とんでもない形相をした影助が棒のように突っ立っていた。
陽が声をかけると、影助はたちまち虚空をキッと睨んだ。
「誰に吹き込まれた……ッ、アイツか? アイツだな。あんの、ババア……!」
影助は一人で言って、一人で完結してしまっている。戸惑う陽をよそに、影助が口を開く。
「……大体お前さ、殺る気あんのかよ」
なんであえて、そんなことを訊くんだろうと思う。
「もちろん、あるに決まって」
「人を殺せるかって聞いてンだ」
陽は押し黙った。私が、人を、と声が上ずる。
正直なところ、
「ーー分かりません。でも、助けられるだけの人を助けたいという気持ちは、本物です!」
そうでもなければ、カヨが浮かばれないと思った。影助は、これ見よがしに大きなため息をついた。
「……ガン・ハンドリングの鉄則は」
もしかして。全部答えられたら、ついに銃を教えてくれるというのだろうか。
陽は得意科目の授業の時みたいに、元気よくはいと手を挙げた。
「1全てのもの銃は装填状態であるものとして扱う!
2壊したくないものに銃口を絶対に向けない!
3照準を合わせるまで引き金に指をかけない!
4標的の周囲に何があるか常に意識する!」
完璧に答えた陽を見て、影助は呆気にとられているようだった。無理もない。だって、影助に弟子入りを申し込む数分前に銃の専門書を読んでいたからなんて、一体誰が信じるだろうか。
陽はちょっと得意げに笑ってみせる。普段は読まないジャンルなだけに、専門書は恵業がちょうどよく、本当にベストタイミングで貸してくれたものだったけれど。
でも、たまには運だって実力のうちだ。
自信満々の陽を、影助は気に食わない様子だった。やがて悔しそうに言った。非常に億劫だが漢に二言はない、と。
*
「いいかお前はズブの素人だ。そのことを、まずは足りねェ脳ミソに叩き込むンだな」
「はい! ご指導よろしくお願いしますね、先生っ」
そうして陽は、肩幅と同じくらいに足を開いた。歌を歌う時とよく似ている。
「体はもっと前に傾けろ。腰はもーちょい、こう……安定させて」
影助は、まるでガラス細工でも運んでいるかのように腰を支えてくれる。陽は影助の意外な一面に圧倒されてしまい、バランスが崩れそうになったのを頑張って堪えた。
慌てながらも、言われた通り素直にお尻をつき出す。……スクワットみたいな姿勢になっていないか、ちょっと不安だ。
続いて、なぜか天井の一点を見上げたままの影助から肘もぐいと曲げられる。影助いわく、銃を撃つのに肘は伸ばしきらない方がいいらしい。腕の肉に爪が食い込んでいて、ちょっぴり痛かった。
*
初心者ながらある程度体勢も整ってきたので、実際に銃を撃ってみることになった。なるほど、実践あるのみと言うわけですねとトリガーに指を掛けると、当然のように明後日の方向に弾が飛んでいった。
影助が、後ろで舌打ちしている。少しだけ追い詰められた気分になった。
やっぱり人間は、見て覚える生きものだと思う。そう、百聞は一見にしかずなのだ。
陽はさっそく、先生である影助にお手本を見せるようせがんだ。だけど今回は、"最終奥義"を使わないで、正々堂々お願いしてみる。だってなんだか、何度も何度も使ってしまうのはずるい気がしたから。なんたって、最終奥義と銘打ってあるんだし。
影助は気怠そうにしつつも陽の銀の銃を奪うと、綺麗に弾を遠くの的まで命中させていた……横撃ちで。
今までのフォーム練習はなんだったのかという疑問すら浮かんでこず、陽は手放しに影助のことを凄いと思った。
溢れ出てくる感嘆の念のまま、流石ですねと拍手する。影助からは、当たり前だろと返された。
「オレはもう二度と、朱華に遅れをとるワケにはいかねーンだよ」
陽は覚えず息を呑む。次会ったら殺してやる、という目つきをしていた。