44.そんなに遠慮しなくていいんですよ
全員分買ってきたお土産を配る作業も、ついに影助でラストだ。
恵業たちと一緒に執務室にいるのかなと思ったらいなかったので、陽は今、あそこかな? という場所に向かっている途中だった。
青空に、すっぽり包まれる。
ーーいた。大正解。心の中でガッツポーズを決める。
多分休憩中だったのだろう、影助はフェンスにもたれて煙草を吸っていたところだった。陽は、勇み足で影助に近寄る。ただいまを言いながら笑顔で渡すと、当の本人は福島名物ままどおるをすごく訝しげに手に乗せ、陽と見比べているようだった。
もしかしたら、お菓子の包みを見て小型爆弾か何かだと思い込んでしまっているのかもしれない。なんだか表情が殺伐としているから。あるいは……あのじゅわっとしたバターを、まだ一度も頬張ったことがないのかも。
どっちなのかな。探究心に駆られた陽は、影助の顔をずいと覗いてみた。
すると影助は、"うおッ"と"ぬおッ"の中間くらいの短い声を出して、陽から遠ざかってしまった。
「はッ……ご、ごっっっっめんなさい! 私ったらぶつかる寸前で!」
同じようなことが、前にもあった気がする。また私は考えなしに変な行動を、と陽は自分で自分が悲しくなる。
「……なんで、帰ってきた」
陽は一瞬、ぽかんとした。そんなの、カルマファミリーの真髄を知りたくなったからに決まっている。気づけば、影助は落とした煙草を踏んづけていた。
「カルマファミリーこそ、今の私の帰る場所だと思ったからです。それに……ほら! トランペットを置き去りにしたまま帰るわけにもいきませんし」
陽は指を使って、トランペットを演奏している様子を表す。臆することは何もなかった。だって目の前にいる人は、陽を全力で心配してくれた人のひとりなわけで。
ちょっとだけ、いたずらっぽくはにかんでみせた。
*
影助が、自分で落としたはずの煙草を自分で拾う。
「あれが、オレらがお前に与えてやれる最後のチャンスだったンだぞ」
ーー死ぬなよ、陽。
影助はどうも、陽との今生の別れを覚悟していたらしかった。陽はその可能性に辿り着いたとき、先ほどとは打って変わって、耳に氷水がひっついた心地がした。
身を案じてくれたのはありがたいが、
「でも……!」
影助たちと、もっと気兼ねなく、腹を割って話ができるようになりたかった。
(何度も、何度も……。どうして私には、なんにも教えてくれないんだろう)
それくらい、陽は信頼されていないということなのだろうか。
たまらず、陽は影助に肉薄した。
「仲間はずれは、やっぱり、寂しいです。」
それこそ、目とーー鼻の先。思わず飛び退けようとする陽の両の腕は、影助がそれなりに強い力で捕まえてしまった。
言ったな、と。言質取ったからな、と。
「それじゃこれからお前が、例えばどんなに泣いても、つらくなっても、きつくなっても……もう、逃してやんねーかンな」
絶対に、と付け加えた影助の顔が、心なしか上気しているようにも見える。もしや、と直感する。
(あっ、これ前にご近所さんからいただいた婚活雑誌で習ったところだ!)
陽はすぐさま、クイズの猛者のごとくにやっと笑った。
「ーーあの、気付いちゃったんですけど。そういうこと言ってくるおばあさん、どこかにいませんでしたっけ⁈」
たしか、髪型がわりとボリューミーな……
そこまで思い出したところで、陽は影助に頭を叩かれた。瓦割りみたいに。
痛みがじんじん広がってゆく。脳みそが分離し始めているんじゃないかと思った。
状況を掴めない陽が、急にどうしたんですか⁈ と理由を聞いても、影助はもう何も答えてはくれなかった。
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「本当にやるんだな、陽」
影助はそう、何度も確認してくる。影助と陽は今、広い部屋にーー2人きりだ。
はい、と頷く。陽の覚悟はもう、とっくに決まっていた。
(あっ、これ前にご近所さんからいただいた婚活雑誌で習ったところだ!)←筆者も陽の感性はよく分かりません苦笑