4.取り付く島がない男につき
日楽 陽は、
ちゃんと地獄へ落ちてくれただろうか。
……ヤツは今日、本当に出勤してこなかった。
汚島の周りでは、自分よりも"ポジション"の低いモブ社員どもが、やれパワハラだの、訴えられでもしたらこちらに勝ち目はないだのと散々喚いているが、そんなことは汚島の耳には入らない。
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汚島と陽の間には、それなりに深い因縁がある。
半年ほど前、汚島から陽に不倫を持ちかけたことがあった。
おとなしく言うことを聞けば、自分の実父である社長に頼んで昇進させてやるから、と。
これぞ、汚島流の初心者狩りだった。
昇進して、雑用から解放されれば、トランペット担当でもなんでもつくことができる。
お互いwin-winだしそう悪い話ではなかったはずだ。
それなのに。
「俺様の誘いを断りやがって……! あのクソ女がよぉ!」
ガシャン、と楽器の入ったガラスケースを思い切り叩いてやった。
あれほどはしゃいでいたモブ社員どもが、一気に静まりかえる。
……不倫を受け入れないだけなら、まだマシだった。
しかし陽はあろうことか、会社のみんなが見ている前で、汚島に謝罪の意を伝えにきたのだ。バカ正直にもほどがある。
汚島が今まで築き上げてきた
地位。名声。交友関係。
それら全てが、プライドとともに砂のように崩れ去っていった。
今や汚島は、社長のコネで成り上がったパワハラ男なのだ、と社内でまことしやかに囁かれている。
どれもこれも、
全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部、全部。
(あの女のせいだ……!)
日楽 陽は、聖人ヅラをした"悪魔"だ。
何が「ズルまでして出世したくない」だ。
何が「家族をもっと大切にしてほしい」だ。
何が「下積みを経て成長したい」だ。
(お前のような女は女じゃない)
しおらしく掃除だの、電話対応だのをずっとやっていればよかったんだ。
それができないのなら、男のご機嫌取りでもしているほうがよっぽど可愛い。
汚島は無様にフラれたはらいせに、陽に嫌がらせをしてやろうと思った。
だから、
「丸火通商株式会社の人たちに(日楽 陽がサインしたことになっている、連帯保証人の)書類をプレゼントしてほしい」
と頼んだら、なんと"プレゼント"を"プレゼン"と聞き間違えるとは。
汚島は正直引いていた。
(まあ、ヤツが勝手に解釈してくれたおかげで、上手い芝居を打てたわけだが。)
復讐はトントン拍子に進んだ。
丸火通商株式会社、いや、カルマファミリー。
彼らの恐ろしさは、元・会社員兼構成員である汚島が身をもって知っている。
地獄の業火に抗えるものなら、抗ってみれば良い。
(せいぜい頑張れおつゥ!)
陽にアジトの場所を知られたのだ、彼らが今日のうちに東京湾にでも沈めてくれるだろうが。
パワハラが飛び火することを恐れ、幸い社内には陽と特別親しい人間はいない。
いわゆる
完⭐︎全⭐︎犯⭐︎罪
汚島は唇の端をつり上げてほくそ笑んだ。
だが、ストレスをぶつけるやつがいなくては面白くない。
他にキープしている女と飲みにでも行こうかと、ポケットからトランシーバーを取り出そうとする。
ーーだから、汚島の背後に忍び寄る影には、気付けなかった。
あとがき
汚島って絶対幽霊構成員でしたよね笑