少女セイコ、13歳。
大明28年ーー。
はじめてパパにもらったお金で買ったのは、真っ赤なフェラーリだった。
運転免許なんて持ってないけど、車で夜風を切り裂けば絶対楽しいと思った。そう、シティポップが頭に流れてくる〜みたいな。
ちょっとお化粧してみただけですぐ騙されるんだから、案外大人ってちょろいもんだ。
世間から見たら、セイコは不良とかヤンキーにカテゴライズされるらしかった。お世辞にも優等生とは言えない生活を続けているうちに、そういえばいつだったか、補導されかけたこともあった。でも、その度に警察を返り討ちにしてやっていた。金的さえ狙えば余裕だし。どうせ存在自体おかざりなんだからいいよね、っていうスタンス。
それから、別に不同意だったわけじゃあるまいし。きちんとお互いの了承を得たうえでやってんの、こっちは。
*
ーーある日、いつものように仕事を終えると、なんでか欲? みたいなのが腹の底から湧き上がってきた。それも、歌舞伎町あたりでちょっと身なりの良い男を捕まえて、そいつが反社と繋がってるって情報をリークできれば、もっとたくさんのお金が手に入るんじゃないか、なんて。我ながら良いアイディアだと思っていた。
セイコはさっそく実践してみた。ただその時ばかりは、少しだけ、ほんの少しだけ、ヘマをしてしまって。まあなんだ、灰皿から燃えカスを拾って、それを相手のおでこにぐりぐりしちゃったってだけの話なんだけど。たしか、"その年で浮かれ女やるとか、なんのために生きてんの"的なことを言われて、ブチギレた気がする。はは、苦い思い出。
別にいいだろ、なんでも。ただただ、お前ら馬鹿どもの地位、財産、プライドーー全部ぶんどってみたくなっただけだよ、こんちくしょう。
そうしたらなんと、大勢のお仲間さんたちに囲まれていた。どこにも逃げ場がない中、やばい人選ミスったんだと後悔したときに、その人は現れた。
「嬢ちゃん、なかなか腕がいいじゃねえか。……さては本国のスパイか?」
低くしゃがれた(落ち着きがあるとも言える)声に、眼帯。なんてダンディな人なんだろうと見惚れているうちに。それからは一瞬だった。一瞬で、大勢の敵がぶっ飛ばされていた。血が充満したホテルの一室で、出会ったばかりなのにーーなれるものならこの人みたいになりたいと思った。
「さっきのは、長いこと売春斡旋なんかに励んでた、かっこ悪いやつらでな。嬢ちゃんは本当に人を見る目があるよ。ーーどうだ、うちで働いてみる気はないか?」
セイコは、思春期丸出しにぱっと目を逸らす。実はもう、分かってた。この人の前では、アタシはまだまだ子どもなんだなあってことくらい。
「……別にいーけど。いくらくれんの?」
「なんだって⁈ い、いや。ごほん。そうだな……酒池肉林パラダイスができるくらい……? で、どうだい。」
「何それ。全然答えになってないじゃん」
嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけばいいものを。セイコは同時に、なんというかこの人をほっとけないと感じた。
「でも、これだけは保証できるぞ。ウチに来たら、少なくともこんな仕事はさせないさ。もっと自分の体を大切にしろ。せっかく可愛い顔してるんだから、な?」
セイコの胸が、とくんと高鳴る。少々陳腐かもしれないけど、今から世界が変わるんじゃないかと思った。
嬢ちゃんはどうしたい、とその人は優しく訊ねる。なまぬるい風が、ほっぺたを撫でる。
「馬鹿男たちの地位、財産、プライドーー全部ぜんぶ、ぶんどってやりたい!」
自分で言うのもなんだが、最高の笑顔だった。