表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第3楽章 座敷わらしとお遊戯編
48/94

43.帰省〜逆境を乗り越えて〜


 ザンザーラファミリーの襲撃により、被害は損大。村は壊滅。村人たちは、慣れ親しんだ家を追われるまでにいたった。


 曇天が目につく。はるは決して癒えない傷を抱えたまま、暇を持て余していた。憔悴しきった陽を見かねたからなのか、2週間という長い休暇をもらっても、どこかに遊びに行こうとは微塵も思わなかった。もちろん、いっそのこと家に帰ってしまおうとも。

 まず、何をしようにもやる気が出ないのだ。こんな経験は初めてだった。誰も見ていないのをいいことに、陽は大きなため息を吐く。



「ーーやはり、屋上ココにいらしたんですね」


 

 はっとなって身構える。扉を開けたのは九割九部、陽が予想していた人物だろう。


「あ、おぼろさん……」


 意図したわけではないのに、陽の声のトーンは一段低くなってしまう。


「悲しい音ですね」


 なんだか気まずくなってきてしまって、持っていたトランペットを抱きしめた。こんなことも、今までなかったはずなのに。



「診ましたが、長期間の監禁による脱水症状及び骨粗鬆症……たとえあの場で運良く助かっていたとしても、彼女はそう長くはたなかったと思います」


 陽の心臓が早鐘を打つ。


「何も、はるさんが気に病むことはないじゃないですか」


 沈黙は、しばらく続いた。


「ーー。陽さんの考えていることが、手に取るように分かります……すみません。僕もあの時は、貴女を守ろうとそればかりを考えていたんです。必死、だった」

 

 聖田は、深々と頭を下げていた。


「こんな僕でもーー仲直りしていただけますか」


 そうして差し出された右手に、陽は正直戸惑ってしまう。この手を取るべきか、取らないべきか。でも、フリオンへの凶行は、もとはといえば陽を守るためのものだったのだ。それに、これまで幾度となく陽に向けられた優しい笑顔が、全部嘘だったとはとても思えない。結局陽はもう一度、聖田と向き合ってみたかった。

 自分の考えが、おこがましくて、恥ずかしかった。


「ありがとうございます、陽さん」


 一層強く、手は握られた。


 やっぱり、人に頼っているばかりではダメだ。せめて自分の身くらいは、自分で守れるようにならなければ。





「それにしても、陽さんの音はとても素直なんですね」


「あはは、おかしいですよね。こんなの……本当は私、プロを目指してたはずなのに」


 その場にうなだれる。口から出まかせではないけれど、自分は一体何を言っているんだろうと思った。そんなことはありません、と聖田。真剣に聞いてくれようとしているのが、痛いほど分かった。


「私。見て分かる通りトランペットが大好きで、トランペットしかなくて……でも、自分の限界を知るのが怖かったんでしょうね。音大受験や留学をする気にはなれませんでした」


「そうですか……それなら陽さんは、これからどうされるおつもりで?」


 受験とか、留学とか。どうも何も、陽にはもう、自分が今後どうしたいのかなんて、つゆほども分かりそうになかった。陽は聖田をじっと見つめる。


「僕だったら、そうですねーー"胸"に手を当てて考えます。対話すれば、内に潜んだ声もおのずと聴こえてくるはずですから。もっとも、少々ありきたりかもしれませんがね」


捻りがなくてすみません、と苦笑いをされた。


「声? ですか」


 聖田に倣って胸に手を当ててみるが、ひたすら心音が聴こえてくるばかりだった。もしかしたら、陽にはまだ早かったのかもしれない。何事も練習あるのみだ。そして、いつの日か自分の声が聴けるようになれたらいいな、なんて。


 陽は、雲の隙間に隠れた光に手を伸ばした。







「オイ。ここはいつからアベックの溜まり場になったンだ?」


「影助さん!」


 屋上に、もう一人の来客がやってきた。陽が声をかけるのと時を同じくして、影助から何かが書かれた紙を投げて寄越される。これは、座標か。その位置を見ると、陽はたちまちぎょっとなってしまった。


「福島、大内宿。分かっか?」


「もちろんですよ! だって、ほぼ地元です。故郷です!」


「……そうか。なら、話が早いな」


 影助に、なぜかちらりと全身を見られる。聞けば、家を失った村人たちは当面の間、秘所・大内宿に寄寓することになったそうで。暇を持て余した陽に挨拶へ伺ってほしいのだと言う。


 陽さん一人では心配ですからと、聖田は同行する気満々だ。影助は、そんな聖田を押し退けて、陽の肩にひとつ手を置いた。


「死ぬなよ、はる。」


「……? はい。行ってきます」


 久しぶりの帰省に、胸が高鳴る。だから、もはや定番化したヨウはる呼びになっているのになんて、気づきもしなかった。










 真っ先に、あのおばさんの家へと向かった。中に入ると、おばさんがあたたかい笑顔で出迎えてくれる。陽はすぐさま、おばさんのゼンマイがみんなの命を救ったことを伝え、最大限の感謝を表した。顔を上げると、旦那さんと思しき男性の写真が静かに立て掛けられているのが目に入ってきた。陽ははっとなる。でも、おばさんにかけるべき言葉が、見つからない。



「ありがとう、陽ちゃんは優しいねえ。だけど慰めはいらないよ。誰になんと言われようと、あたしはいつまでもあの人を待ち続けるわ」



 目もとには、少し隈ができていた。陽は、必ずまたここに来ようと決意を固めて、おばさんの家を後にした。








「ところで陽さん、ご家族への挨拶はどうします?」


 聖田が事前打ち合わせとして、"食品系の会社から出張をしに来た先輩後輩(陽は楽器店を辞めたらしい)"とか、"キャンプで偶然知り合ったぱりぴ登山仲間"とか、さまざまな設定を考えてくれたが、陽はそのどれにも頷かなかった。


 たしかに、大内宿から陽の実家までは、さほど遠くはない。でもーー久しぶりに家族の顔を見たら、再会の安堵と親不孝の申し訳なさとで、陽は多分、泣きたくなってしまう。ずっとここにいられたらいいのにと思ってしまう。



 わざわざ東京まで行って、不便な一人暮らしを始めたのも。慣れない標準語を頑張って覚えたのも。すべては都会で修練を積み、地元に音楽の素晴らしさを広めるためだった。

 

 それで、ゆくゆくは所帯を持って、仲睦まじく楽器店を営んでーーところが現実は、そう上手くはいかなかった。


 やっとの思いで面接に合格した楽器店では、まともに接客なんてさせてもらえたことがなかった。それだけでは飽き足らず、汚島から不倫まで持ち掛けられたこともあった。


 陽は、本当の本当は、思い描いていた理想とはかけ離れた生活に、ほとほと疲弊していたのだった。



 ……そう、カルマファミリーと出会うまでは。



 初めは、なんで私なんだろうと思った。嫌味暴言は日常茶飯事だし、そもそも血気盛んすぎるし、初対面の人間には機関銃を向けてくるし。

 ……だけどそんな、誰にも染まらない意志を持つ彼らの背中を、陽はかっこいいと思ってしまった。カルマファミリーには、これまで見たことのない"何か"があるんじゃないかと思った。だからこそ、その"何か"を陽は知りたい。追いかけてみたい。

 


「ーー私には、やるべきことが残っていますから。だってまだ、なんにも成し遂げられていないんです」


 一度やると決めたことを途中でほっぽりだすのは、性に合っていなかった。それに、おっちょこちょいな両親のことだ。聖田と二人で会いに行きなんかしたら、きっと結婚の挨拶と勘違いさせてしまうだろう。


(いきなり帰ってきた娘から結婚なんて言葉が出たら、卒倒しちゃうよね。特に、お父さん)


 陽は覚えず微笑んだ。全て終わらせることができたら、東京ばな奈でも持って、改めて実家に顔を出すことにしよう。それが一番いい。








 プラットフォームまでの道中。陽の変わらぬ意志に、不思議そうな顔を浮かべた聖田が、ぽつりと呟いた。


「……借金の支払い方法なんて、いくらでもあるはずです。それこそ、ローンでもなんでも。陽さんに与えられた2週間の休暇は、逃げてもいい、というボスたちからのメッセージでは。」


 もしそうだというのなら、あの時わざと、"役立たず"なんて言ってーー。やっぱり、カルマファミリーはとんでもなく不器用な人たちの集まりなのかもしれない。そんな風に解釈してみると、ぎゅっと心臓が掴まれる心地がした。そうだ。真偽を確かめるために、帰ろう。表情で悟らせてしまったみたいで、聖田は白い歯を見せると少し困ったように笑っていた。



「分かりました。陽さんが望むなら、どこまでも」


 聖田に、片膝をつかれる。洗練されたスマートさがあるけれど、ちょっと引っかかることがあって、陽は拳を握った。


「あのう……朧さんはどうしてそこまで、私にこだわるんですか?」


 それが、今までずっと疑問だった。しかしすぐに陽は、ある意味自意識過剰とも捉えかねない、とんでもない質問を口にしてしまったことに焦り出す。


「あ、えと! 決して変な意味ではなくって‼︎」


「ふふ。陽さんもずいぶんおかしなことを訊く。そんなの、貴女がーー」


まもなく、新幹線が発車いたします。お乗りのお客さまはーー


 無慈悲なアナウンスが、聖田を遮る。


「はっワーッッッ! え、いつの間に⁈ 間に合わない!」


「陽さん、少し落ち着いて」

「朧さん、ままどおるを買いに行きましょう。さあ早く!」


 ーーキリッ。

 多分あそこの見慣れたお店には、売っているはず。陽の大好きなお菓子はもちろん、帰りを待ってくれているみんなへの手土産に。駆け足の陽に、聖田は結局やれやれしつつも付き合ってくれた。


 


 無事に買えた手土産を持って、二人で席に座る。


 カルマファミリーの、みんなの顔が思い浮かぶ。陽は今までの自分の態度を恥じた。心配してくれているというのに、ずっと落ち込んだままでいるというのは失礼だ。もう二度と、現実から目を逸らしたりしない。車窓から、一筋の光が差し込む。

 

 新幹線は、過ぎ来し方に発車していった。


これにて、第3楽章完結です!もし文庫なら、ここで一区切りくらいですかねえ(きたいのまなざしをくりだした!)


感想欄は完結時まで閉じておく予定ですが、評価、ブクマ、レビュー等々お待ちしておりますね!


さて、この回の最後に出てきた"過ぎ来し方"ですが、これは過去の言い換え表現なのです……(かーらーのー)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cid=288059" target="_blank">ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ