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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第3楽章 座敷わらしとお遊戯編
44/94

40.夢だったら良かったのに①



「ねえはるさん。僕がいいと言うまで、どうかその綺麗な瞳を瞑っていてはくれませんか。ええ、ええ。ーーできれば耳も。ほら、冷えるといけないですからこれも羽織って」


 甘く囁くような声でそう告げ、漆黒の上着をふわりとはるに掛ける。大きな潤いのある眼で、長いまつ毛に包まれた中は、ただ一面に真っ赤だった。そのすがるような瞳の奥に、自分の姿だけが鮮やかに浮かんでいる。


「あれま。これで心置きなくおはるちゃんのことお持ち帰りできる思てたのに」


 おちゃらけた様子の朱華はねずが、虚しく横たわる座敷わらしーーカヨを指差して不満を口にする。片手をちらりと見やる。


「朱華さんの持っているそのパチンコ、いいですねえ。良かったら僕にも少し見せてください!」


「別にだめとちゃうけど、拾いもんやし……せやけど何に使うん? ってオーイ‼︎」


 つべこべ言わせず、朱華からパチンコを借りることに成功した。




(さて、と。)




 くるりと体を翻して、眼鏡の男を見る。聖田きよだは、行き場を失った手を硬直させるフリオンに、一歩、また一歩と近づいていった。


「貴様、何を考えている」


 フリオンにひと睨みされる。予想だにしていなかった反応に、聖田はつい頬を緩ませた。


「生まれてきたことを後悔させてやるってよく言うでしょう? 僕、あの名言が大好きでして。ああそうだ。 ーー貴方は、人間が感じうる恐怖のなかでいちばん大きいものって、なんだと思います?」



「えぇ、なんやそれ。まー俺的には、上司カポの機嫌が悪い時やな! やっぱこれ一択とちゃうん?」


 朱華が軽快なリズムで回答をした。フリオンはと言うと、なぜか先ほどからずっと黙りこくってしまっている。

 コミュニケーションを図る、せっかくの機会だったというのに。聖田は残念ですと圧をかけるべく、フリオンを見つめてみた。一瞬目が合ったかと思ったら、物凄い勢いで逸らされてしまう。



 不治の病? 家臣の裏切り?


「No,答えは簡単。"自分が生まれてきた意味が分からずに死んでいくこと"だそうです。かつての死刑囚たちですら、ついぞ意味のない人生の終焉を迎えることを、必死になって怖がったんですって」


「……よく、口が回るな」


 ほほぉと朱華が感心するのと同タイミングで、ようやくフリオンの重い口が開かれた。しかし聖田が目を細めれば、どうにも、あからさまに距離を取られているようだと分かる。


「うふふ、そんなに照れなくっても良いんですよ。聡明な貴方になら、僕の言いたいこともきっと分かるはずですから。ゆっくりと時間をかけて、ね。」


 初めて与えられたおもちゃで、はしゃぐ子どものように上機嫌だった。


 まるで映画のワンシーンのように、にこりとフリオンに笑いかける。余韻に浸らせる間もなく、聖田は石を挟んだパチンコのゴムひもを引っ張った。

 エンドロールには、まだ早い。





にじゅうろおく、にじゅうしいち、にじゅうはあーち!


 少しずつ、少しずつ、少しずつ……。あの人が心に負った傷は、まだまだこんなものではない。もっともーっと痛かったはずだ。それこそ、聖田の想像を絶するくらいには。


「な、ぜだ……感情っを持った人形、など……いっらな、い」


 顔にいくつか穴の空いた肉袋が、聖田に何か語りかけてきているようだった。無論、虫の息で、内容がところどころ聞き取りづらくはなっているが。


「成程。何か勘違いをされているようですが、僕が言っているのは"そっち"じゃないですよ」


 昔から、映画で泣いたことなんて一度たりともなかった。


 でも、よく考えてみれば、今聖田たちが置かれているこの状況だって、ひょっとすると映画ならば感動シーンになったり、号泣ポイントになったりするのかもしれない。


(今度ぜひ、はるさんにも教えてもらおう)


 そう思ったら、楽しみで楽しみで仕方がない。


「ふふ、ふふふふふ。陽さんに害をなそうとしたこと、それこそが真理なんです。でももう安心してください。お仲間もすぐ、そちらに送ってあげますから」


「ひいっ! ……って俺もかいな! 聖田クンのほらふき!」


 向こうで、朱華が元気の良い悲鳴を上げている。多分、関西特有のノリツッコミというやつだ。とはいえ、聖田にそれは通用しない。誠に遺憾である。







「あははっ。貴方がこの世に生を受けた理由ーー見つけられましたか?」


 骨が露わになった首が、右へ左へとちぐはぐに踊っていた。いえいえって言ってるみたいだ。やはり、フリオンの人生に意味などなかったのだろう。しかしこれで陽に怖がられてしまっては、本末転倒である。聖田は、もはや原型をとどめていない死骸をせっせと川に流し、ケチャップみたいに四方八方へ飛び散った血を、綺麗になるまで拭き取った。



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