38.窮鼠猫を噛む②
ザンザーラの連中に言わせれば、セイコたちカルマファミリーは鼠ポジションなのだそうだ。
たしかに恵業はTheロマンスグレーな雰囲気を醸し出しているし、影助の着ているベストだって鼠色に見えるのかもしれないが、どういう基準でセイコまで"鼠"認定されてしまったのか全くもって分からない。身長だって女の中では高いほうなのに。
例えるなら、せめてハムスターとかにしてほしかった。
(コレ、陽ちゃんの思想がうつっちゃったってことのかな)
そう思うと、勝手に笑いが込み上げてきた。ハムスターとは。我ながらおかしくておかしくてたまらなかった。
セイコの目の前で銃を構える男たちの視線が泳いでいる。きっと、突然笑い出したセイコのことを狂人か何かだと思い込んでいるのだろう。早とちりにもほどがある。
「ああ、ごめんねぇ急に驚かせちゃったみたいで。お詫びといってはなんだけど、今からアタシと楽しいコトしてみない? ね。素敵なおにいさんがた♡」
自分で言うのもアレだが、こんな風に少し上着をめくってただけでホイホイついてくるような男は、もれなくバカである。目の前の男たちも、セイコが期待したとおりのーー欲にまみれたバカだった。
セイコはしてやったりと、別室に通じる襖を後ろ手で閉める。化け物のように舌舐めずりをする男たちを、ちらりと見やる。
見た感じ、全員下っ端のようだし、何もオイシイ情報は持っていなさそうだった。セイコは心の底からがっかりする。
「で、でへ……それでアンタ、楽しいコトってのはーーもちろん、こういうコトだよなあっ⁈」
「もー。そんなにガッツかないでほしい、なっ」
一気に三人もの男から飛びかかられる。セイコは颯爽と、お気に入りの懐剣で三つの喉笛を掻き切った。
ぴゅーーーと、まるで噴水のように鮮血が襖に飛び散る。思ったより派手にやってしまったと、セイコは少し反省する。これでは張り替えが大変そうだ。
「ひいっ、ひぎゃっーー頼むから命だけは!」
スキンヘッドをヒールで踏み潰し、頭から頭へと跳躍する。そういえば、けんけんぱは物心ついたときから得意だった。
胸にひと突き。巨体がゆらめく。
大広間のほうで、影助が息切れをし始め苦戦していそうなのが伝わってくるが、セイコは正直、そこまで心配はしていなかった。
ーーなんてったって、アタシの自慢の弟分なんだから。
(影ちゃん、それに恵ちゃん。活路はアタシが切り拓いてあげる)
さあ、最後の一匹だ。
「だーめ。もう逃げたって遅いよ」
命乞いをする男の背後に周り、一体どこにそんな力があるのかーー自分でも永遠に解けそうにない謎だが、そいつの首をこきっと曲げた。
セイコはふう、と息を吐く。
敵はだいぶ片付けたし、少しばかり休憩していっても誰も文句は言わないだろう。可能性があるとすれば影助くらいか。無論、もしまたデリカシーのない発言をしたならば、今度は影助の武勇伝(黒歴史)でも陽に語って聞かせるけれど。それまでは、せっかくだ。血気盛んな男たちに場をあたためてもらうとしよう。
「だって文堂セイコは、綺麗で美しくて儚げでーーそれからちょぴっとだけ強い、フツーの女の子なんだもん♡」
セイコは懐剣片手に、遺骸という名の自分のファンに向かって、とっても可愛いポーズを決めた。
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田舎だからだろうか。さっきからずっと、山鳴りがしている気がする。
「足元掬われるって? 誰が? 誰に⁇」
どこまで本気かは分からないが、朱華はとりわけ演技でもなさそうな、実に自然な感じできょとんとしていた。
「第一影助クン、肩にはそないに力入れるもんやないで」
危うく肩が狙われようとしていることに気がついたので、影助は瞬時に朱華のアゴをぶん殴った。
「なん、や、つまらんなあ」
「ケッ、オレは二度も同じ手には引っかからねェンだよ」
朱華が鼻血の跡を擦っている。今はまだ余裕そうに取り繕っているが、いい気味だ。
「どさくさに紛れて逃げようとしてンじゃねー、テメェもだよ。」
影助はフリオンの肩を掴み、背中に右脚を当てる。もちろん、遠くまで吹っ飛ばした。これで借りは返せたはずだ。
「……っ、ワッレラ!!!」
影助を上回った気でいるような二人に、とにかく一矢報いてやりたかった。さっきのは背中を撃たれて痛かった分、今のはそれでボスに余計な心配をかけさせた分、だ。
もはや抵抗する気すらない朱華とフリオンを、ずるずると引きずってくる。動けないのは当たり前だ。影助は理解ったうえで、わざと急所を狙ったのだから。銃を下に降ろす。まずは朱華から。
カルマファミリーを侮ったこと。
ーー命を以て償え。
最期に朱華を見下してみれば、"ほんまありえへん"という顔をしていた。
「いやいや、普通そこまでやらへんどっしゃろ。ええ加減しつこいわあ。……よっし、ここいらで一旦、全員集合!」
朱華が口笛を吹き、天井に向かって何やら合図のようなものを出していた。思いもよらぬ出来事に、影助は目を瞬かせる。
「オイ! せっかくいいトコだったのに邪魔すんじゃねェよ! 今度はなンだ⁈ 揺れてーー」
どこに控えていたというのだろうか。天井を突き破って、伏兵が山ほど、わんさか飛び出してきた。まさかさっきの山鳴りは。影助は舌打ちが止まらなかった。
確実に、最初の倍は数が増えていた。つい先ほどの衝撃で、フリオンと朱華の行方が分からなくなっていたくらいだ。
あの数だ。ワンチャン仲間に押し潰されて死んでいたりーーは、さすがにないか。
影助は普段の己なら毛頭抱くはずもない愚かな考えを、必死に打ち消した。
*
「影助、あいつら」
恵業が小声でジェスチャーしている。もう、何人始末したから分からなくなり始めていた時だった。彼の指の先を見れば、フリオンと朱華、二人まとめて、押し入れに身を潜めようとしていた。なんらかの作戦は練ってくると予想はしていたが。影助は場にそぐわず吹き出しそうになってしまった。
恵業が上を見る。
「うおっ! あの天井ーー」
「なにっ⁈」
恵業は巧みに、フリオンの銃口を上へ向けさせ、身体のラインから外れた瞬間を、二丁拳銃で狙撃する。あっけなかった。本当に、驚くほどあっさり。流石ボスですねと影助が感嘆の声を上げると、恵業はなぜだか煮え切らない表情をしていた。
「何か引っ掛かる。幹部ともあろうやつが……いや、今はいい。よそう」
続き影助も、逃げ惑う朱華のもとへ肉薄した。
「や、やめーー俺は違っ」
ガチガチと強張った朱華の口を無理矢理開けさせ、中に銃を押し込める。いくらか弾丸を詰め込んでおいた。
こちらも、驚くほど楽勝だった。手応えはなかった。
「続き、こいこいするかァ?」
「それは花札でしょ影ちゃん! ってかもうアタシたち以外誰もいなくなっちゃったし」
ミッションコンプリート。タバコでもふかしたい気分だ。気づけばスリーピースのベストに、血と汗が混じり合って滲んでいた。影助はゆっくりネクタイを緩める。
「ーーほな、俺らは仲良くお手手繋いでお暇するとしますわ! さいなら〜」
(なっ⁈)
出口の方から、なんともお気楽な声が聞こえてきた。外を見る。見れば、二人はしめ縄をターザンロープのようにして伝い、下までみるみる降りていくではないか。確実に仕留めたと思ったソレらをよく見てみれば、どうもご丁寧に、片方は眼鏡、もう片方には癖毛のカツラが被せられていた。
「「身代わり⁈ 」」
思わず、全員で口を揃えてしまう。
「いつからだ、いつから、俺たちは騙されていた……?」
多分、天井に穴が空いて、そこから伏兵がわんさか出てきたときだ。あの中にフリオンや朱華とよく似た、否、よく"似せられた"二人が紛れ込んでいたのだろう。が、今はつべこべ考えている暇はない。
「クソ、こんなところで逃してたまるか! 追えーッッ!」
影助はセイコよりも恵業よりもーー速く走った。なんたって、ボスの右腕たるもの、ぽっと出の平和ボケゼンマイ女に手柄を横取りされたままというわけにはいかないのだから。