37.窮鼠猫を噛む①
座敷のど真ん中で、影助はおそらくザンザーラファミリーの権力者であろう男ーー朱華 帷にガンを飛ばす。
「オイ。賭博にお熱なウチのバカどもはどこにやった」
「さぁなあ、俺かてカポの趣味はよう理解できひんわ。ま、アレや。なんやったっけほらーーあ〜。今頃晴れて、デトックスにでもなっとるんとちゃいますのん?」
冗談めかした調子で朱華が言う。影助は、自分の周りを我が物顔で取り囲んでいる男たちを見た。およそ銃などろくに握ったこともないのだろう。向こうはまさに烏合の衆。飛び道具の扱い方がまるで"成ってない"。影助は余裕そうにそれらを蹴散らし、朱華へと距離を詰めていく。
「デトックス、だと?」
銃を寝かせ、水平に弾をばら撒いた。
「ば、馬鹿な……そんなデタラメ当たるわけ」
雑魚が何かほざいている。デタラメは一体どっちなんだと、影助は考えるのすら煩わしく思う。次の瞬間にはもう、畳に大量の血がこびり付いていた。
「ぎゃーぎゃーうるせーなァ。当てたモン勝ちだろーが」
「ああ。影助は特別だからな」「命中率UP!」
影助は基本、褒められて伸びる子だ。だからこそ、恵業の一言が当たり前に嬉しい。
「うわ危なっ。きみ、ちょい借りんで」
朱華は、それが至極当然だとでもいうように、下っ端をひょいと掴み盾にしていた。けれども情がどうとか、影助はそんなことは気にしない。下っ端の右胸を、冷酷な弾丸が貫いた。
「うはは。影助クン、そないに俺が気に入ったん? えらい強烈なラブコールやなあ。ーーあんたもそー思わん?」
朱華が肩に手を回しているのはーー。
「気色が悪い。俺に話しかけるな」
フリオンの銃撃を、影助はひらりとかわす。なにやらブツブツ言っているし、有効射程は計算し尽くされているようだったが、それならば単にこちらが相手の予想を上回る行動をすればいいだけの話だ。影助がそんな風におちょくっていると、フリオンは怒りの矛先を変えたのか、もっと目の前のことに集中しろとかなんとか、話半分の朱華に指示を出し続けていた。
(そーそー、舐めてもらっちゃ困るンだワ)
ひとたりでも油断したが運の尽き。影助は心底ざまあみろと思った。死体がその辺に虚しく転がる。
「さ、そろそろぶぶ漬けでも食ったらどうなンだ? もちろん、あの世でなァ!」
「よう言うわ。エセにしてはなかなかパンチ効いとるんやない? こりゃ俺もゆっくりしてられへんな」
全て言い終わらぬうちに、あろうことか朱華が銃を放り投げてきた。とうとう気でも狂ったかと思った、その時だった。影助の頬に、つうと赤い糸が垂れた。
「は?」
(あのタレ目ヤロウが、このオレに一撃を……?)
「今やフリオン! やったれ!」
はっとなって振り返ろうとしたのを、後ろから来る衝撃に阻止された。
「がはッ」
焼け火箸を刺されたような激痛が、背中じゅうに走る。遠くで、朱華はフリオンにハイタッチをせがんでいた。ただの銃でも、ましてやただの剣でもない。あれは両方の特性を兼ね備えた武器、銃剣だった。
ーーなかなか面白いことをしてくれる。もしかしたら、本気を出した二人との実力差は五分五分なのかもしれない。
「おおい、大丈夫か⁈ これ使え!」
あまりの痛みにうずくまる影助を見かねたからか、恵業がハンカチを手に、こちらに駆け寄ってくる。今影助の胸中にあるのは嬉しさではなく、ボスを心配させてしまったことに対する己への憤慨だった。影助は礼を言うと速やかに止血をし始めた。
「ーー影助、まだまだやれるな」
敵に意図を気取られないよう、恵業が耳元で囁く。
「ふ、言うまでもないですよ」
なんだ。結局心配するためだけに来てくれたわけじゃなかったのか。でも。
(……いいねえ。それでこそオレのボスだ!)
いつしか痛みも感じなくなり、影助はにんまりと笑った。
「ボスはそこに下がっていてください。ご老体に障ります」
恵業がなんとも絶妙な表情を浮かべている。別にこれくらいは許されるだろう。何、セイコの元へ向かおうとしているフリオンと朱華に少しばかりちょっかいをかけるだけだ。
「いやしぶとっ! さっきので完全に死んだ思うとったけどなあ」
「ふん。鼠は鼠らしく、そこでのたうち回っていればいいものを」
「なァに都合のいい勘違いしてンだテメェら。今、その鼠に足元掬われようとしてるってゆーのによォ」
ーー直々に教えてやるよ、くたばらないうちは君守影助の勝ちなんだってことを。




