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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第3楽章 座敷わらしとお遊戯編
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36.世は情け



 カヨを背に、はるは死にものぐるいで来た道を戻ってゆく。


 一日の間に、何回全力疾走したのか見当もつかない。短距離走より長距離走派の陽だとて、インターバルが微小なのはきつかった。


「はるちゃん前!」


「へあ、痛っ⁈」


 がむしゃらに走りすぎて、足を捻ってしまった。どうやら、目前に大木の根っこがあるのに気が付かなかったようだった。擦りむいたり捻ったり。今日は散々である。やっぱり山を歩くとなったら、信頼できる運動靴を履いていくのが一番良い。


「ラッキーアイテム、パンプスのはずだったのに当たらなかった……」


 たまにはそんな日もあると分かっていても、陽はしょんぼりしてしまう。



 カヨが心配そうにこちらを見つめてきて、陽はやっと己を取り戻した。そうだ。今は、やるべきことをちゃんとやらねば。だから、痛いのを我慢する。


陽はまた、何事もなかったかのように走り出した。






 走っている途中、陽は発声練習をした。みんなを安全な場所へ避難させるために。


 そう、よく考えてみれば、村の人たちは集会所の中で銃撃戦が繰り広げられているということを知らないのだ。


 結果的に、影助たちのピンチを救うことになったゼンマイ。陽を歓迎し、それを託してくれたおばさんの笑顔が、脳裏に浮かぶ。


 

(絶対に誰も死なせない。助ける。落ち着いて大丈夫。私は……陽動部隊の日楽あきら はる!)


 麓まで一気に駆け降りる。意を決して、陽は大きく息を吸い、全身から声を吐き出した。


「皆さん! ここっ、危険です‼︎ 今すぐ村の外に、逃げーー」


 覚えず言い淀んだ。

 駿河たちがすでに、村の人たちを誘導していたからだ。それも、驚くほどスムーズに。


 彼らに、陽の出したSOSはしっかり伝わっていたようだった。鳩さんありがとうと心の中で静かに思う。


「おおっ、ヨウさん! 無事で何よりっス。」


 一番近くにいた駿河とばっちり目が合う。彼は現在、生存確認をしていたところだと冗談っぽく言っていた。


「ここは俺らの持ち場なんスから、ヨウさんは早く信濃さんの車に乗ってください……でないと、まーたアンダーボスに叱られちまう」


 カヨを指差し、その子も一緒にね、と駿河は砕けたような笑みを浮かべていた。


「ええ、恩に切ります! 駿河さん‼︎」


 陽は晴れやかな表情で、避難指示を頑張る駿河たちに一礼した。




 駿河と別れてしばらくすると、川に出た。ごつごつとして尖った小石が足裏に響くが、川があるということは、出口ももうすぐのはず。たしか、セイコの車の中からでも川は見えたような覚えがある。


「はるちゃん、ここまでありがとう。カヨはもう自分であるけるから、お水をのんでもいい?」


 背中から、心臓の音が離れてゆく。

 陽は、川の水をいそいそと飲んでいるカヨの後ろ姿をじっと見つめて、言った。


「ねえカヨちゃん、うちにーーカルマファミリーに来ない?」


 ずっと、ずっと言おうと思っていた。こちらを振り向いたカヨが、大きな瞳を幾度も瞬かせる。


「あのね、最初はいきなり銃を向けられたりしてちょっぴり怖かったけど、案外悪い人たちじゃなかったの」


 陽は、カルマファミリーと出会ってからのことをつらつらと話す。カヨに銃⁈とおうむ返しをされた。突飛な話なので無理もない。カヨはうんうん唸って考えている様子だった。


「だけどそれって、カヨのいるザンザーラとおんなじ、マフィアのなかまなんでしょ? はるちゃんは、そんなところで暮らすのこわくないの?」


 陽は、カヨのストレートな質問に思わず苦笑してしまう。だけど、そんなカヨの自然な態度がーー自分の気持ちを包み隠さない感じが、陽はもう大好きになり始めていた。


「う〜ん……たしかに! 絶対に大丈夫かって聞かれたら、まだまだ自信はないかも。でもね、いつからかな。知ったうえで見極めたいって思えるようになったんだ」


 屋敷内のラウンジには美味しいビスコッティがあることも、身体中をマッサージしてくれるような温かさの露天風呂があることも。決して怖いところばかりではない、カルマファミリーの良いところを、陽は嬉々としてカヨに伝えた。陽の熱意が伝わったのだろう、最終的にカヨは首が取れる勢いで頷いてくれた。


「っあの、ほんとのほんとはね、カヨはまだ、マフィアのことがこわいの。でもっでもねっ!」


 カヨは健気に、一生懸命に、言葉を探している。


「はるちゃんと、もしもお友達になれるならーー」


 陽は本物の妹のようなカヨが愛おしく思えてきて、目を細めた。

 なれるなら、なんだろう。せっかくなら、本人の口から聞きたいというもの。なんとなく予想はついているけれど、その言葉の先を知りたくて、陽は片目をちらりと開ける。



 突如。陽の皮膚中に、生暖かい液体が降りかかった。真っ白だったアイボリースーツは、いつの間にか真っ赤に染め上げられている。


 短く息を漏らし、顔に触れてみれば、べたりとした赤がこびりつく。

 どうしてか重い首を上げると、まるで打製石器のようなーー否、ぬらぬら光った銃剣が、カヨの頭部を貫いているのが両目に入った。






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