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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第1楽章 カルマファミリー編
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3.プレゼンしにきただけなのに


 え、とはるからかすれた声が漏れる。


ーーおもちゃなんかじゃない、本物の武器ーー


 男ははるへと銃口を向けたまま、それを逸らそうとはしてくれなかった。


「ウチ、たしかに"表向き"は貿易会社でな。

もう長いこと、世間サマに正体隠しながらシゴトやってるわけなんだけど」


 淡々とした口調。大笑いしていたときとは打って変わった男の態度に、はるはゴクリと生唾を飲み込むが、状況はまるで飲み込めない。


「テメェみたいなゆるふわ弱者一般人(パンピ)に情報売られたら、こっちも困んだワ。つーわけでー、早速だけど閻魔えんまサマによろしくなー」


「いや、待って! ちょっと待ってください‼︎ 私、今日は本当にプレゼンしにきただけなんです! 勝手に話を進めたのは謝ります! でも、あなたたちが何者かなんて存じ上げませんし、情報も売るつもりはありません。絶対に!」


 はるの精一杯の威嚇で、男を少しでも怯ませることができればいい。


しかし男はためらいなく、はるの脳天あたりに狙いを定める。

このままでは、きっとはるは亡き者にされてしまうのだろう。怖い。どうしよう。どうすれば。呼吸の仕方すら忘れてしまったかのようだった。足からしだいに力が失われていくのが、嫌でも感じられる。


 はるは鉛のように重たくなった身体を引きずりながら、トランペットケースに手を伸ばす。取っ手の温度が、指先に冷たく染みる。


ーー自分の命は、この際どうなったっていい。でも、世界中に"幸せ"を届けることのできる楽器だけは。それを壊す権利など、少なくとも今(はる)の目の前で銃口を向けている男にはないはずだ。


「……たすけてなんて、言い、ませんっ! だからどうか、どうかこのコだけはーー」


全神経をケースに集中させ、必死でかばう。なんだか笑いが込み上げてきてしまうほど、声も指もみっともなく震えていた。


「はん、そこはフツー命乞いするとこだろバカが!」


 眉一つ動かさず、男ははるを嘲った。間髪入れず、男の指が引き鉄に持っていかれる。



だんだん、景色がスローモーションになってきた。本能で分かる。コレ、だめなやつだ。


(最期にもう一回、トランペットを吹きたかったな)


もはやこれまでかと目を瞑った、そのときだった。


「おうおう影助えいすけ、女の口説き方は前にも教えたはずだぞ。」


(あれ? 衝撃が来ない。)


ゆっくりとまぶたを開く。


 はるの背後には、右目に眼帯をつけた男性がまっすぐ立っていた。独眼竜、という言葉がぴったりだと思った。


影助えいすけ、と呼ばれた金髪の男は、持っていた機関銃を即座に取り下げた。


「ーー! ボンジョルノ、ボス」

と、その場に片膝をついて礼儀正しく挨拶をする姿は、まるで若武者のようだった。

「やあ嬢ちゃん、ウチのが怖がらせたみたいで悪ィな」


 ボス(?)がこちらに気さくに手を振ってくる。


「ターゲット名簿に目を通してりゃ、そこの嬢ちゃんの必死な声が聞こえてきてよ。

痴話喧嘩ちわげんかでもしてるのかと思ったが……違うみてぇだな、影助えいすけ。」


(なんだか、凄みのある人だ)

存在しているだけで、空気が一瞬で変わってしまったのははるでも感じた。

影助えいすけは、バツが悪そうに口もとを歪める。

「いやでもボス、この女はーー」


「いいか、モテる男に必要なのは、相手の話をよく"聞く"力だ。まあ恋愛に限った話じゃないけどな」


 影助えいすけの発言は遮られる。


「マフィアたるもの、名誉ある"漢"として恥ずべき行動を取るな。お前は今、ファミリーの掟を破ろうとしていたな。これがどういうことか分かるか、影助えいすけ


 影助えいすけに迫るボス(?)の革靴の音。

「まずは嬢ちゃんのぶんを聞いてやれ」


 結われた影助えいすけの金髪が、スズメのシッポのようにしゅんとなるのが見える。


「女、短気なオレに殺されないよう3分以内に話せ。」「影助えいすけ


ボス(?)にコツンと小突かれる影助えいすけ。仲は悪くないようだ。


「嬢ちゃんが話しやすいように、お前らァ外出てな」

強面こわもての男たちも、こぞって90度のお辞儀をし、ぞろぞろと部屋から出て行く。


はるはちょっと遠慮がちに手を挙げる。

「私の名前は女じゃなくて日楽あきら はる! 手短に話します!」


 はるはこれまでのことを順を追って話す。


 楽器店で見習いをやっていること。


 汚島おじま先輩にここへ来てプレゼンするよう言われたこと。


 今日に至るまで丸火マルカ通商つうしょう株式会社かぶしきがいしゃの存在を知らなかったこと。


全部話したところで、影助えいすけにため息をつかれた。


「3分03。」

「惜しい! って、ええ⁈ ホントに数えてただなんて、そんなあー!」


 影助えいすけはクククと笑う。


「残念だったなァ? だが約束は約束だ。テメェには死んでもらっーー」「影助えいすけ


 ボス(?)の華麗なエルボーが、影助えいすけにクリーンヒットする。


「ハハ、冗談ですよボス」


この男が言うと、あながち冗談でもなさそうに思えてくるけれど。


「くだらねぇ話だったけど、まあ1つだけ収穫はありましたね」


2人は互いに頷き合う。


汚島おじまはウチの元構成員だ」

「金盗って逃げた腰抜けの、な」


影助えいすけはニヤリと笑ってそう付け加えるが、はるはまさか自分の先輩が?と、驚きすぎて言葉も出なかった。 


__________________________________________


日楽あきら はるは平和ボケして見えるわりに、そこそこ芯が強くて、いじりがいのあるヤツだ。そんでしっかりイカれてる。


影助えいすけは、とりあえずはるの話は全て聞いてやったが、気になることが少し残っていた。


(マフィアのアジトに、わざわざ自分の部下を寄越すたァな。)

汚島おじまの動機が分からない。


なにかはるに強い思いでもあるのだろうか。

よっぽど恨みがあって殺したい、とか。

借金を肩代わりさせようとしてる、とか。


(それとも、その両方か? )

オレなら、と影助えいすけは考える。



(そんな上司がいたら……殺される前に殺しておくけどな)


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こんばんは! Xからやって来ました。 プロローグがお好きなそうですが、 本作も良い感じにエッジの利いたプロローグですね。 まさか日本をイタリアの植民地にする。 その発想はまるでなかったです。 主人公の…
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