3.プレゼンしにきただけなのに
え、と陽から掠れた声が漏れる。
ーーおもちゃなんかじゃない、本物の武器ーー
男は陽へと銃口を向けたまま、それを逸らそうとはしてくれなかった。
「ウチ、たしかに"表向き"は貿易会社でな。
もう長いこと、世間サマに正体隠しながらシゴトやってるわけなんだけど」
淡々とした口調。大笑いしていたときとは打って変わった男の態度に、陽はゴクリと生唾を飲み込むが、状況はまるで飲み込めない。
「テメェみたいなゆるふわ弱者一般人に情報売られたら、こっちも困んだワ。つーわけでー、早速だけど閻魔サマによろしくなー」
「いや、待って! ちょっと待ってください‼︎ 私、今日は本当にプレゼンしにきただけなんです! 勝手に話を進めたのは謝ります! でも、あなたたちが何者かなんて存じ上げませんし、情報も売るつもりはありません。絶対に!」
陽の精一杯の威嚇で、男を少しでも怯ませることができればいい。
しかし男はためらいなく、陽の脳天あたりに狙いを定める。
このままでは、きっと陽は亡き者にされてしまうのだろう。怖い。どうしよう。どうすれば。呼吸の仕方すら忘れてしまったかのようだった。足からしだいに力が失われていくのが、嫌でも感じられる。
陽は鉛のように重たくなった身体を引きずりながら、トランペットケースに手を伸ばす。取っ手の温度が、指先に冷たく染みる。
ーー自分の命は、この際どうなったっていい。でも、世界中に"幸せ"を届けることのできる楽器だけは。それを壊す権利など、少なくとも今陽の目の前で銃口を向けている男にはないはずだ。
「……たすけてなんて、言い、ませんっ! だからどうか、どうかこのコだけはーー」
全神経をケースに集中させ、必死でかばう。なんだか笑いが込み上げてきてしまうほど、声も指もみっともなく震えていた。
「はん、そこはフツー命乞いするとこだろバカが!」
眉一つ動かさず、男は陽を嘲った。間髪入れず、男の指が引き鉄に持っていかれる。
だんだん、景色がスローモーションになってきた。本能で分かる。コレ、だめなやつだ。
(最期にもう一回、トランペットを吹きたかったな)
もはやこれまでかと目を瞑った、そのときだった。
「おうおう影助、女の口説き方は前にも教えたはずだぞ。」
(あれ? 衝撃が来ない。)
ゆっくりとまぶたを開く。
陽の背後には、右目に眼帯をつけた男性がまっすぐ立っていた。独眼竜、という言葉がぴったりだと思った。
影助、と呼ばれた金髪の男は、持っていた機関銃を即座に取り下げた。
「ーー! ボンジョルノ、ボス」
と、その場に片膝をついて礼儀正しく挨拶をする姿は、まるで若武者のようだった。
「やあ嬢ちゃん、ウチのが怖がらせたみたいで悪ィな」
ボス(?)がこちらに気さくに手を振ってくる。
「ターゲット名簿に目を通してりゃ、そこの嬢ちゃんの必死な声が聞こえてきてよ。
痴話喧嘩でもしてるのかと思ったが……違うみてぇだな、影助。」
(なんだか、凄みのある人だ)
存在しているだけで、空気が一瞬で変わってしまったのは陽でも感じた。
影助は、バツが悪そうに口もとを歪める。
「いやでもボス、この女はーー」
「いいか、モテる男に必要なのは、相手の話をよく"聞く"力だ。まあ恋愛に限った話じゃないけどな」
影助の発言は遮られる。
「マフィアたるもの、名誉ある"漢"として恥ずべき行動を取るな。お前は今、ファミリーの掟を破ろうとしていたな。これがどういうことか分かるか、影助」
影助に迫るボス(?)の革靴の音。
「まずは嬢ちゃんの言い分を聞いてやれ」
結われた影助の金髪が、スズメのシッポのようにしゅんとなるのが見える。
「女、短気なオレに殺されないよう3分以内に話せ。」「影助」
ボス(?)にコツンと小突かれる影助。仲は悪くないようだ。
「嬢ちゃんが話しやすいように、お前らァ外出てな」
強面の男たちも、こぞって90度のお辞儀をし、ぞろぞろと部屋から出て行く。
陽はちょっと遠慮がちに手を挙げる。
「私の名前は女じゃなくて日楽 陽! 手短に話します!」
陽はこれまでのことを順を追って話す。
楽器店で見習いをやっていること。
汚島先輩にここへ来てプレゼンするよう言われたこと。
今日に至るまで丸火通商株式会社の存在を知らなかったこと。
全部話したところで、影助にため息をつかれた。
「3分03。」
「惜しい! って、ええ⁈ ホントに数えてただなんて、そんなあー!」
影助はクククと笑う。
「残念だったなァ? だが約束は約束だ。テメェには死んでもらっーー」「影助」
ボス(?)の華麗なエルボーが、影助にクリーンヒットする。
「ハハ、冗談ですよボス」
この男が言うと、あながち冗談でもなさそうに思えてくるけれど。
「くだらねぇ話だったけど、まあ1つだけ収穫はありましたね」
2人は互いに頷き合う。
「汚島はウチの元構成員だ」
「金盗って逃げた腰抜けの、な」
影助はニヤリと笑ってそう付け加えるが、陽はまさか自分の先輩が?と、驚きすぎて言葉も出なかった。
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日楽 陽は平和ボケして見えるわりに、そこそこ芯が強くて、いじりがいのあるヤツだ。そんでしっかりイカれてる。
影助は、とりあえず陽の話は全て聞いてやったが、気になることが少し残っていた。
(マフィアのアジトに、わざわざ自分の部下を寄越すたァな。)
汚島の動機が分からない。
なにか陽に強い思いでもあるのだろうか。
よっぽど恨みがあって殺したい、とか。
借金を肩代わりさせようとしてる、とか。
(それとも、その両方か? )
オレなら、と影助は考える。
(そんな上司がいたら……殺される前に殺しておくけどな)