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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第3楽章 座敷わらしとお遊戯編
38/94

34.ドッペルゲンガー


 熊だと思っていた影は、実際には人間だったわけで。はるは脱力にも似た安堵と同時に、得も言われぬ羞恥心で耳まで真っ赤になってしまった。


「わわわわ私ったら、なんたる無礼をーー!」


 いくら勘違いしていたとはいえ、度が過ぎていたと思う。陽は全力で謝った。それこそ土下座しても足りないくらいだ。


「あーっ! 先生!」


 背後から出てきたカヨに、はるは覚えずぎょっとする。


「え、え。先生って、もしかしなくてもカヨちゃんの⁈ ははあ、それは……重ねてお詫び申し上げますーっ!」


「先生、なんども来てるのに道にまよっちゃうの、おっかしいんだあ!」


 もう少しで、おでこと膝がくっつきそうだった。


「ぷ、うははははっ! 気にせんーー気にしないでください」


 眼鏡の男は、陽の珍妙な謝罪にいまだに息を切らしている。やがて、一度大きく咳払いをしかたと思うと、今度は改まった様子で陽に名前を尋ねてきた。


「へー、ほんじゃあおはるちゃんか。俺のことは、そうですねえーーフリオンとでもお呼びくださいな」


(ふりおんさん)


 ジパング出身ではないのかもしれない。フリオンをよく見てみれば、地毛だろうかーー髪の色素が少し薄いことが分かった。



「それにしても、先生とこんなところでバッタリ会えるなんて。カヨちゃんはラッキーだね!」


「うん! カヨはねぇ先生に、いつもシドウしてもらってるんだよ」


「そっかあ! それなら私もさっき、カヨちゃんの音楽の先生になれてたかな?」


 なんちゃって。陽とカヨは息ぴったりに、同時に笑い合った。




「はるちゃん、さっきはありがとね」


カヨがもじもじし出す。突然どうしたというのだろう。


「くまさん、追っ払おうとしてくれて……守ってくれてカヨ、うれしくなった」


 予想外。なんだそんなことかと、陽は目を丸くする。


「いいえ〜! えへへ、勘違いしちゃったみたいだけどね。」


 正直、まだ恥ずかしさは抜け切っていなかった。


 にこにこ顔で、フリオンがこちらに近づいてくる。




「仲間外れは寂しいなあ、俺も混ぜてくれません?」

 

 気付かないうちに、フリオンそっちのけで、二人だけで盛り上がってしまっていたようだ。陽はあちゃーと頭を掻く。カヨの方は、"先生"であるフリオンに慌てて駆け寄っていった。


「先生ごめんね! アレ? 先生、まえにあったときよりお目目がはれてるよお。ものもらい⁇」


 たしかにフリオンは、陽から見てもタレ目だった。しかしそれは、ものもらいのように一時的なものと言うわけではなく、どちらかと言うと自然の産物というか、生まれつきのようなーー。フリオンが笑ってカヨの質問をかわしてしまったので、結局真相は分からずじまいだった。




「この辺りだと、やっぱり鳥居があるところが1番大きいんじゃないかなあ。ちょうど私も中が気になってましたし、ぜひ一緒に向かいましょう!」


 行きの道ですっかり位置を覚えた陽が先導を申し出たとき、カヨにパシッと腕を掴まれる。




「……カヨ? どうした?」


「いや、な、なんでもありません! 先生がいいって言うなら……」


ーーカヨはそれに従います。



 一瞬、ほんの一瞬だけ、二人を纏う空気が変わったのは気のせいだろうか。陽はカヨの手を握り返した。







「あれぇおはるちゃん、そんなとこで"ちょこちょこばって"どうされました?」


「えと、ちょこちょこばって?」


(もしかして、うずくまってって意味なのかな)


 パンプスをさすると、まだ微かに痛みが残っていた。陽は、先ほど全速力で山道を滑り降りた時に、枝で擦りむいた跡を確認していたところだった。


 なんというか、フリオンと出会った瞬間から彼が話すごと、全体的に音の上がり目が一拍遅れているような気がしてくる。地方出身の、無理して相手に言葉を合わせている、あの感じ。陽にはとても他人事とは思えなかった。


 そんなやりとりを交わしているうちに、もとから生白かったカヨの顔が、みるみる青ざめていった。




「うそ。なんであなたが……? そんな、そんなはずは、失敗……⁇」


 カヨは必死に、ぶつぶつと何かを口走っていた。陽の全身に、なんとも形容しがたい悪寒が走る。


「ちょっとカヨちゃん、大丈夫?」


 酸欠の可能性も考えられるので、陽はとりあえず、落ち着いて深呼吸をするようカヨに教えた。

なんとか、パニック状態からは解放されたようだ。陽はほっと胸を撫で下ろす。


(先生を差し置いてまで、出過ぎた真似しちゃったかな?)


 しかし目の前で苦しんでいるカヨを放っておくことなど、陽にはどうしても出来ない。フリオンは何も言わなかった。





山境の長い鳥居を抜けると集会所であった。


「お座敷かじの……?」


 陽は聞きなれない言葉の組み合わせに、首を傾げた。


 集会所入り口の看板には、


"三連戦、五連戦、七連戦の中からお好きなコースをお選びいただけます"


 と書かれている。


 陽は今までカジノに行ったことがなかったので、無論ルールまでは知らないけれど、なんだか七五三みたいで微笑ましく思えてきた。




 余韻に浸る間もなく、早く行きましょーかと、陽たちはフリオンに急かされてしまった。





玄関までは普通の古民家といった風だったが、すでに陽の気分はラスベガス。


(カジノ! 初めて入ったけど、借金返済のいいお小遣い稼ぎになるかも。よし、がんばろ!)


 奮闘する陽の隣で、カヨが心配そうにしている。心なしか、目もキョロキョロとしていて落ち着きがなかった。そりゃあそうである。未成年なんだし、下手したらカジノという単語自体、カヨくらいの年齢の子が知らなくてもなんらおかしくはなかった。


「はるちゃんよく聞いて。三連戦なら勝たせてあげやすい、だからはやーー」




「まーた二人だけで内緒話かいな。なあ、お兄さんも混ぜたってや」


 一瞬誰だか気付かなかった。まるで影のように、陽とカヨの間へフリオンが割り込んできていた。肩をがっちり抱かれている。先ほどとはあまりにも雰囲気が違い過ぎている。それに、この訛りはーー。


 しばらく茫然としていると、口をはくはくさせながらカヨが陽に何かを訴えかけてきた。

 陽も、おそるおそるカヨが凝視する方に目をやる。


陽は思わず、目の前の景色を疑った。


「ふ、フリオンさんが二人⁈」


 こちらのフリオンと、あちらのフリオン。どこからどう見ても同一人物である。それかこの期に及んで、ドッペルゲンガーにでも遭遇してしまったというのだろうか。


"ものもらい?"


 カヨの言葉を思い出す。


「まさか! 一つだけ違うとしたら……タレ目⁈」


 こちらのフリオンは、あちらのフリオンを見て苦虫を噛み潰したような表情になった。


「ん? げえ。作戦とちゃうやん。コイツ、いっつもタイミング悪いねん」


同意を得るようにして指を差されても、何が何だか良くわからない。


「はあ……ついにバレてもうたか。ほんならま、しゃあないねんなあ」


 そう言うとフリオンは気怠そうに、カツラと眼鏡を外した。フリオン、いやーーこれまでフリオンだった誰かが、癖のついた髪をかき上げる。


「俺は朱華はねず とばりいいます。以後よろしゅう」


 額に二本指を立てて挨拶をする朱華はねずは、それはそれはキザな雰囲気を醸し出していた。



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