33.#急募 #子ども #あやし方
"もっとカヨを楽しませてくれるなら"
目の前で、これでもかと期待の眼差しを向けてくる少女。少々無茶振りとも言えるカヨのオーダーに、陽は頭を悩ませた。すでにしりとりは飽きられてしまっているし、連想ゲームも途中で詰まってしまった。その上おろおろする陽をよそに、カヨはぐずり始めてきている。いったいこちらがどんなことをしてあげれば、ゴキゲンになってくれるというのだろう。
つくづく、保育士さんってすごい、世界中のパパママってすごいなと思う。
(やっぱり私に出来ることといったら、コレしかないんじゃないかなあ)
とりあえず山頂まで運んできた楽器ケースを開き、トランペットを取り出す。ーー音楽は、世界共通の言語だから。老若男女誰にだって思い出の曲の一つや二つあるはずだ。それが陽の持論だった。
「さあてーーカヨちゃん。これ、な〜んだ?」
楽器のきらめきに照らされ、カヨの瞳が黄金色に輝く。出かけた涙はもう引っ込んだみたいだ。さっそく、陽動部隊としての務めを果たすことにしよう。
「ほわあぁぁぁぁ……! カヨしってる! ラッパ!」
「大正解! 今からカヨちゃんに、私の音楽をプレゼントさせてもらいまーすっ!」
カヨは好奇心旺盛な様子で、陽の自慢のトランペットを、隅から隅までじいっと物色していた。
「えへ、気に入ってくれたの? それじゃ聴いてね、"星に願いを"」
一つの世界がはじまりを告げる。全身に愛情を込め、温かい光のヴェールでカヨを包むようにトランペットを奏でる。森の小屋、遠い郷愁を、陽はカヨに届けたい。
カヨはまだ子どもで、無限の可能性を秘めた、素晴らしい陽のお客さま。
(願えば叶う。あなたは何にだってなれる!)
次は、陽が最も好きなフレーズだ。自然と力が入ってゆく。
♪星に祈れば 寂しい日々を
♪光照らしてくれるでしょう
今まで何度か"星に願いを"を演奏する機会があったけれど、陽の中にはたしかな達成感があった。おそらく1番。やった。やりきった。いつかの発表会より身構えていたかもしれない。
カヨは終始、にこにこしながら音の世界に没入してくれていた。
「とっても上手かった! でもなんか、カヨまたねむたくなってきちゃったー」
おひざかしてー!と、カヨは無事演奏を終えた陽の上に飛び乗った。
童謡としても定評のある"星に願いを"は、カヨにとっての子守唄になったみたいだった。
(ありゃ? そういえば、曲に合わせて歌ってくれると思ってたんだけど……ま、楽しんでくれたみたいだからいっか!)
陽は、なるだけ細かいことは気にしない主義だ。それは別として、やっぱり同年代くらいの女の子たちと比べると、カヨの体重はいささか軽すぎるような気がした。全部うまく終わったら、カヨの家族も交えてみんなで美味ご飯でも食べに行こう。陽はカヨの髪を撫でながら、そんなことを夢想していた。
(寝顔、可愛いなあ。私にもいつか娘ができたら、こんな感じなのかなあ?)
だとすれば、それこそ夢のような話だ。母親の真似事ではないが、カヨが気持ちよく眠れるようかの曲を口ずさむと、なんだか陽まで眠たくなってきてしまった。このまま、少しだけカヨと一緒にまどろんでも許されるだろうか。
(願い、願いと言えば……神社、鳥居……)
山を登った疲れもあり、全身の力が一気に抜けていく。が、限界までカヨに子守唄を提供するべく、うつらうつらとしながらも頑張る。
「願い、かみさま、神社、鳥居ーーはっ!」
入眠するすんでのところで、陽ははっきりと自我を取り戻した。
(そうだ、カヨちゃんと最初に出会った、あの鳥居……!)
どうして、今の今まで不思議に思わなかったのだろう。あの鳥居の先で、もしかしたら影助たちが待っているかもしれない。それで何時間も戻ってこないとなると、やはりピンチなんかに陥っていたり……
確証があるわけではない。でも、気づいた時にはもう、陽の前足は動き出していた。
「カヨちゃんちょっとごめん! おうちの人を見つけるの、後になりそうだ……!」
カヨが、びっくりして跳ね起きる。
「はるちゃん、どこいくの……⁈ あーーまさかっ!」
陽は一目散に、苦労して登ってきた山道を駆けていった。カヨも慌ててそれに続く。二人して、もはや転がり落ちる勢いだった。
「ダメ! 絶対いかせない! あそこだけは……!」
背後から、鬼の形相のカヨが追ってくる。山を登った時とは比べ物にならないほど速い。陽はそこに、人間の表裏ーーあるいは二面性を見た気がした。
なかば鬼ごっこのようにして、少しでも近道できるよう獣道を滑り降りると、茂みからがさがさ音が鳴っているのが聞こえてきた。
(そんな! く、熊っ!)
陽は観念し、カヨを背中に隠すと、楽器ケースを武器に見立てて持ち上げた。ぬらりと影が現れる。
「……いや違ったあっ! 熊に出くわしたら、すぐに後退りしなくちゃいけな、い、ん?ーー」
「すみません、道に迷ってしまいまして。この辺りにどこか、目印になるような建物はありませんか」
二人の目の前に現れたのは、熊なんかではなく。眼鏡をかけたーーれっきとした人間の男性だった。