31.オママゴト②
同行者二名が"かじの"に興じているさなか影助はというと、カヨに付き合ってもいられずフルシカトを決め込んでいた。
チンチロ、ババ抜き、こま回し……。
やはり、所詮はガキのままごとなのだ。おまけに自称ディーラーのカヨがやっているのは、ディーラーなんて高尚なものなどではなく、あくまで対戦相手である。
どうやらこの"かじの"では、三連戦、五連戦、七連戦の中から客が好きなコースを選べるらしかった。
「続き、こいこいするっ?」
顎に手をやり、必死に悩んでいるのは絶賛五連勝中の恵業。このように、客のセンスしだいでは途中で上のコースに挑戦することもあるのだという。
(こんな、子どもだましにもなんねーモンに村のヤツらは明け暮れてるっつーのか?)
だとすれば、相当な暇人どもなのだろう。影助はいっそ眠ってしまおうかと考えた。
*
「……きゃーっ! 恵ちゃん! 同じ手に騙されないでって、アタシさっきも言った‼︎」
意識を失いかけてきた頃、耳障りな声に入眠を阻止された。セイコだ。
「このままじゃアタシたち一文なしになっちゃうよ? 身包み剥がされちゃうよ⁈」
見れば、七連勝を目指した恵業が、すでにカヨに負かされそうになっているではないか。それも、よりにもよってババ抜きで。セイコが懇願するようにこちらを凝視してきた。
「ねえカヨちゃん? これって選手交代はできないのかな?」
嫌な予感がする。
「んー……ホントはダメだけど、今回だけはいいよお! あのおにーちゃんでいいよね?」
案の定、こちらに指が差された。
「それじゃ、びぎなーずらっく発動〜っ!」
影助はうんざりしつつも、なかば諦めたようにカヨの前にどかりと座った。
「運だかなんだか知らねーが、この君守影助、ボスの顔に泥を塗るわけにはいかねェからな」
「よっ! 我らカルマのNo.2〜!」
「いつもごめんな影助ーーボスとして面目ねえが、よろしく頼んだぞ」
(調子がいいことこの上ねー……)
*
ゲームが滞りなく始まったのはいいものの。
口紅で塗りたくられたような爪を見せつけられた後、影助のスペードのJが引き抜かれた。ワンペア揃わせてしまったようだった。カヨが感嘆の声を上げる。こちらの陣営は悲嘆。影助は負けじとカヨの手札から、真ん中のカードを引っこ抜く。ダイヤの2だった。
(どうしてこうも上がれない……?)
相手は子ども。ちょっとした工夫さえしておけば楽勝だと思っていたのだが。影助はこれまで、真ん中のカードを上げたり、引かせたい端のカードをカヨからみて一番手前にしておいたり、さらには引かせたい端のカードを一枚だけ少し離したりと、勝つためにそれはそれはさまざまな方法を試してきた。
たかがババ抜き、されどババ抜き。
賭け事でなければ、この時点で影助はちゃぶ台返しを披露していたことだったろうに。
(つか"身包み剥がされる"ほどやり込むンじゃねェよ)
どうせいつものように、セイコがボスに甘言でも囁いたに違いない。騙される方が悪い? いいや、騙す方が100%悪いね。
影助は常に、ボス至上主義を崩さなかった。
「あともう少しで、カヨが上がっちゃうよ!」
また、カヨが真っ赤な爪を見せびらかすように、わざとらしく影助のカードに滑り込ませた。何気ない仕草のはずなのに、さっきから何か引っかかる。
ーーそうだ。この特に気にもならないような仕草の違和感には、神経質な影助だけが気づくことができたのだ。
影助はハートの10を引き抜かれるコンマ1秒の差で、カヨの右手を掴んだ。
恵業もセイコも欺いた、小さな違和感。その正体はーー
「いたあい! おにーちゃん、なにすーー」「見せろ」
セイコが後ろで何か言いかけたが、恵業はそれを手で制していた。
「右手、開いてみせろ」
カヨが嫌とかやめてとか喚いているのにも一切構わず、影助はカヨの握り拳を暴く。固唾を呑む音が、今は耳に心地いい。
「……やっぱりな。お前、イカサマしてたンじゃねーか」
カヨの人差し指には、遠くから見たらたしかに分からないであろう、小さな鏡が付いていた。