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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第3楽章 座敷わらしとお遊戯編
31/94

28.五里霧中、無我夢中。


「はあいとーちゃーく!」


セイコは声を弾ませて車のドアを開けた。おぼつかない足取りで、影助えいすけが降りる。

 恵業けいごうが、口を覆ったはるに向き直った。心配そうな目をしている。


「うう、すみません。私、実はまだ気持ち悪くてーー動けそうにないんです」


 何やら3人は、はるを連れて行くか、車内に残すか、それとも組織の者に迎えに来てもらうかで話し合っているようだ。


「しばらく休んだら大丈夫だと思っ」


また、"気持ち悪い"波が来た。


「ったく、しゃーねーなァ。いいかヨウ、念のため車ン中から出るんじゃねえゾ」


「お水や袋は持ってるんだよね。今はとにかく安静に、もろもろの案内はその後のお楽しみってことで♡」


「俺たちが戻ってくるまでじっとしてろ……フリじゃねえからな?」


ニヤリと笑った恵業に、車窓を覗かれる。



はるは力なく笑い、3人の背中を見送った。






 *





(どうしよう。本格的に気持ち悪くなってきちゃった!)


 

 しかし気を紛らわそうにも、肝心の話し相手がいない。一人しりとりは飽きてしまったし、背中をさするのも飽きてしまった。



(ちょっとだけなら、いいかなあ)


「よし、出よう。」


とりあえず外の空気を吸いに行こうと、はるは車から転がるように降りた。



「ん〜っ! 初夏の香りがする!」


青空に向かって、思いっきり伸びをした。


 周辺を見渡す。ちょろちょろと水が流れる綺麗な小川。麦の穂先が足に当たってはゆれている。


のどかな風景には、まるで実家のような安心感がある。


「日光浴、さいこう〜っ!」


周りに人がいないのをいいことに、山びこ・やっほーのノリではるは叫んだ。


「あら? お姉さんもチンドン屋さん?」


(チンドン……ああトランペットのことかな!)


 はるはとりあえず、挨拶がてら貴重品の楽器ケースを示してみせた。


「ついこないだもねえ、え〜と何だったかしら……そうそう! 移動販売? の人たちが来てたのよー!」



 初めて会ったおばさんに、手を引かれる。



顔色悪いわよ、長旅疲れたんでしょ。うちでゆっくりしていったら? いいそば湯があってねーー





 *


 

 畳の匂いを堪能しながら待っていると、勝手口のほうからおばさんが出てきた。


「お姉さん。これ、お裾分けねえ。」



「あーっ! ゼンマイだあ‼︎」


 はるは、嬉々としておばさんに駆け寄っていった。袋いっぱいに詰められた、緑のうずまき。


「あらあ、よく知ってるのね。そんなに喜んでくれるなんて、おばちゃん嬉しいわあ。庭で採れたもので申し訳ないけど」


そう言うとおばさんは、手を上下に、せわしなく動かした。


おぼろさんたちのお土産にしようっと)



このゼンマイ、白和えにすると美味しいのだ。


想像した途端、お腹が間抜けな音を立てる。さっきの吐き気は嘘だったとでもいうのだろうか。はるはじゅるりとよだれをすすった。


はるちゃんみたいな子、ウチの娘に欲しいくらいだわ」


「いえいえ! こんなに良くしていただいて……私こそ、第二のお母さんだと思ってもいいですか?」


 少し涙ぐむおばさん。


 両手を広げられる。はるもおそるおそるおばさんの背中に手を回すと、肩の温もりが掌を伝ってきて、やがてそれは一つになった。しばらく、熱い抱擁が続いた。


 豊かな自然に、世話焼きで優しい人たち。はるは田舎の、そういうところが大好きだった。


家には、今はおばさん一人なのだろうか。


はるは広い家の中を見渡した。






 *


「やらかした! おばさんの家、心地良すぎて……! 影助さんにまた怒られちゃうよー!」


 車を停めた場所を目指し、はるは全力疾走する。





ーー旦那がいるんだけど、奔放な人でねえ。あんまり家に寄り付かないのよ


(そういえばおばさん、なんだか浮かない顔をしてたなあ)


 奥座敷に据えられた、子どもの姿をした人形。思い出すだけでも、はるの胸はきゅっと締め付けられてしまう。


 せめて村にいるときは、おばさんの"娘"でいることにしよう。はるは息を切らしながらも、決意を固めたのだった。


 村の入り口には、真っ赤な車が停めてある。どういうわけか、人っこ一人乗っていなかったが。


「あれれ? まだ戻ってきてないの、かな?」



 体感だと、既に2〜3時間くらいは経過していたように思う。







 30分ほど待ってみたが、誰かがやってくる気配は毛頭ない。じっとしていろと釘を刺されたのもすっかり忘れて、はるは車を後にした。



(みんな一緒にいるんだよね……⁈)



 今から村中を探して回っても、すぐに成果があるとは思えない。それならばいっそ、一番見晴らしの良さそうなところ……たとえば山に登って、そこから影助たちを探した方が早いのではないか。考えたら即行動。はるは足早に、山へ続く道を目指す。




 


 五里霧中、無我夢中で歩き、山の中腹まで辿り着くと、ハリボテないしは古い映画のセットのような"場違い"感満載の鳥居がはるを待っていた。


 人知を超えた力に、導かれるように。


 はるは臆せず、鳥居をくぐり抜けようとする。


 しかしその瞬間、くいっと誰かがはるのスーツの裾を引っ張った。




ーー小さな手。



「おねーちゃん、ヨソモノでしょ?」


舌ったらずな口調。


「あははっ! いーけないんだあいけないんだあ!せーんせえにい言っちゃおー!」


おかっぱ頭の、小袖姿。

肩で切り揃えられた髪を揺らし、少女ははるを愉快そうに見つめていた。




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