表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第1楽章 カルマファミリー編
3/94

2.出張先は地獄でした。

ーー分け入っても 分け入っても 青い山ーー

とは、まさにこのような状況のことを言うのだろうか。


 はるはかれこれ、1時間は森の中をさまよっている。


(汚島先輩の教えてくれた会社って、本当にこんな山奥にあるのかなあ。)


 汚島おじまというのは、はるの勤めるヒマワリ楽器店の先輩にあたる男だ。今日も彼にプレゼン出張を任命されたのだが……

はるは彼が持たせてくれた1枚のメモを取り出し、住所を確認するが、やはりこの辺で合っていた。


丸火マルカ通商つうしょう株式会社かぶしきがいしゃ。貿易会社のようだが、はるはこの会社の名前を今まで聞いたことがなかった。


(マルカって、なんかイルカみたいで可愛い)


のんきにそんなことを考えるが、楽器ケースが傷ついてしまいそうで、徐々に不安になってくる。


(いやいや。今日のプレゼンで、絶対我が社の推すトランペットをお取り寄せしてもらうんだ……!)


ポジティブさが取り柄のはる。こんなところで弱気になるわけにはいかない。はるはバシッとほっぺを叩き、己を鼓舞した。



 もう10分ほど奥に進んでいくと、ようやく会社らしき建物がはるの眼前に姿を現した。


「やったー! 私、ついに辿り着けたんだ‼︎」


安堵感。それと達成感。気がつくと、声を上げて喜んでいた。はるは、まるで自分が偉業を成し遂げた勇者のようにさえ思えてきた。


 さびれた看板には、かすかにだが「丸火通商株式会社マルカつうしょうかぶしきがいしゃ」と書かれている。



 はるは勇んでエントランスへ向かう。


が、一階はがらんとしていて誰も見当たらない。


(あれ? 指定時間合ってるはずなんだけどな)


  勝手に上階へ行ってしまうのはいかがなものかと思ったが、この会社の人たちは忙しいのかもしれないし、こういうときは行動あるのみだ。

自分で赴くほかない。


はるは少し遠慮がちに2階の扉を開ける。いない。

3階かな? いない。

5階まで行って、ようやく中からがやがやとした声が聞こえてきた。はるは思い切って3回ノックした。

……人はたしかにいるはずなのに、誰も扉を開けようとしてくれない。

(失礼とか、今はあんまり気にしなくてもいいよね)


バァン!

ついに扉を開かせる。思ったよりも大きな音が出て、びっくりしてしまった。

はるは少々面食らう。


なぜなら部屋の中は、ビリヤード場のようになっていたからだ。


(会社に遊戯場があるってすごい! 社長がお金持ちなのかな?)


 がやがや声が、今度はひそひそ声に変わる。

どうやら、はるはみんなの注目を集めてしまっているようだ。




 部屋にいる男たちの中で1番リーダーらしき人がこちらに向かってくる。


 意志の強そうな太眉。後ろで結われた金の髪。

(すごい。よく見ると、まつ毛がとっても長い!)


 ーーお前、誰?

その場が一気に静まる。

はるは慌てて自己紹介する。そうか、盲点だった!


「申し遅れました! 私、ヒマワリ楽器店の日楽あきら はると申します! 本日は御社へ楽器のプレゼンに参りました!」


 男は一気に怪訝けげんそうな顔になる。

だが今のはるには、そんなことを気にしていられる余裕などなかった。


(演説において、聴衆の沈黙はチャンス……。どこかのお偉いさんも言ってた!)


 もはや念仏のよう繰り返して、ざわめく心を必死に落ち着かせようとする。


 意を決して、はるはヒマワリ楽器店一推しのトランペットのプレゼンを始めた。





  楽器の高らかな音色。きらめく真鍮の材質の良さ。そして何より、あのイタリア製のマウスピース。


(ああ、なんて綺麗なんだろう。学生の頃はこれをすごく欲しがっていたっけ)


ひりついた空気を掴むように。凍りついた視線を溶かすように。はるは身振り手振りで、トランペットの内から溢れる出る魅力について熱く語った。




「……以上が、御社にお取り寄せいただきたいトランペットについてです。何か質疑等ございませんか?」

 名残惜しいが、このあたりでプレゼンを切り上げる。


 途端、ギャハハという品のない笑い声がその場に響き渡る。

声の主は、先ほどの金髪の男だった。


「こんなへんぴな場所にのこのこ来てっ、プレゼンしてくとか‼︎ テメェ、アタマ沸いてんじゃねえの⁈」


  男はまだ息をきらしている。


  ひとまず、はるのプレゼンがウケたということなのだろうか。はるもつられて笑おうとする。




 しかしながら、はるに向けられたのは

 優しい眼差し、ではなく、機関銃。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cid=288059" target="_blank">ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ