26.宅飲み女子会
セイコを探している途中、通りがかった信濃に彼女の部屋がどこにあるのか聞いてみた。聞けば、セイコの部屋は恵業たちと同じく最上階にあるのだという。
(いざ!)
未開の地に一歩足を踏み入れると、こっちにおいでと手招きするセイコが見えた。
「あ、陽ちゃんきたきたー! 聖ちゃん、伝言しっかり伝えててくれたみたいで良かった」
自室とは比べ物にならないほど広い空間に、陽は驚きを隠せないでいた。
『アリア堂』と刻印が入ったケーキの箱。無数に並べ立てられたワイン。
どうやら陽が予想していたお手伝いとは少し違ったようだ。
「フッフッフ、びっくりしちゃった?」
今日お呼びしたのは他でもございません、と言いたげな様子のセイコ。
「せっかく女子がいるってのに、呑み明かさない訳にはいかないってね!」
指を鳴らしたセイコがそう言うと、陽の胸はみるみる高揚感でいっぱいになる。
「花一倶楽部の魔の手からの帰還を祝して〜」
(お疲れ様パーティー!)
「かんぱ〜い!」
2人は無邪気に口を揃えた。
「デデンッ! セイコちゃんターイム‼︎」
セイコは司令官のように両手を組みながら、もったいぶって話し始める。
「それでは陽さん、単刀直入に聞きましょう。……ズバリ! あなたが理想とする恋愛はー⁈」
笑い上戸のセイコはノリノリで、今にも踊り出してしまいそうな勢いだった。
初めのほうはちびちびワインを呑んでいた陽も、セイコに倣いいつの間にかぐびぐび呑めるようになっていた。
一拍置いて、ぷはっと快い音色が奏でられる。
「私……初めて付き合った人と結婚したくて」
セイコは陽に注目する。
やけに目尻が下がっているように見えるのは、陽の気のせいなのかそうじゃないのか。
「やっぱり"運命の人"とか信じちゃうんですよね……」
だからーー
(もし運命の人に出会えるなら、その人と添い遂げたい)
陽は恥ずかしさのあまり、だからの先が言えなくなってしまう。
セイコはまぶしー‼︎ と膝をバンバン叩く。豪快なその姿はまるで、逸話に出てくる織田信長のようだった。
「ピュアっこヨウちゃんにはもっと注いじゃいまーすっ!」
セイコから、次へ次へとワインを注がれる。
陽は出された分をぐいっと呑んで、ぐいっと呑んで……
「やべ、これってまさかアルハラってヤツ⁈ まずい! 影ちゃんにチクられちゃうよー!」
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「あ、聖ちゃん、ちょーどいいところに!」
聖田が恵業へ事後報告をしにいこうと最上階へ赴いた時、唐突にセイコが部屋から顔を覗かせる。
するとセイコから、一緒に晩酌していた陽を部屋まで連れていくよう懇願された。
セイコが介抱すればいいだけの話だが、聖田がその点を指摘すると、セイコは屋敷内でも外泊は禁止されてる、だのアタシもう立てなあい、だのと喚いていた。前者はまだ良しとして、後者は完全なる自己責任だと思うのだが。
「見ての通り、陽ちゃん完全に出来あがっちゃってるから」
「いや! ここにとまるの。もっとのむー!」
聖田が部屋の奥を見てみると、なんとへべれけ状態の陽がいるではないか。
(なるほど下戸ですか)
酔い潰れた陽は初めて見たが、なかなかシュールな光景である。
「陽さん。ワガママ言うんじゃありません」
両手を腰に陽を叱りつける姿は、まるでーー
「あは、ウケる。聖ちゃんさー、陽ちゃんのママみたいになってるけどそれでいいのお?」
漢気見せろー!とセイコから野次を飛ばされる。
挑発に乗せられるのも癪だったが、聖田は反射的に陽をお姫様抱っこしていた。
「ひゅー! ……お互い秘密にしとこうね。じゃ、あとはごゆっくりー」
「やれやれ。これだから酔っ払いは」
ドアを背に非常に厄介だ、と聖田はため息を吐きつつ思う。
「くるま、はやい」
陽の頬は紅潮し、目はとろんとしていた。ちょっと指先が触れただけで、泡沫のごとく消えてしまいそうだ。
『その内何かお礼させてください』
ーーお礼。せっかくだ。それなら今もらってしまおうかと、聖田はほのかに熱を孕んだ唇をなぞる。
「おぼろしゃんはいいこれしゅねえ」
よしよーし、と頭を撫でられた。
陽に何をされたのか理解が及ばず、聖田は数秒間フリーズしてしまう。
ーーいいこ、良い子?
自分の頬が緩むのを確認した途端、激しい耳鳴りに襲われる。
「は、は……貴女は相当、僕を誑かすのがお好きなようだ」
そういうところが。
結局、陽は一度大きく深呼吸したと思うと、そのまま死んだように眠ってしまった。
陽の部屋へ到着した聖田は何事もなかったかのように、陽を優しくベッドに横たわらせた。
*
翌日、駿河から配膳当番の仕事を奪われることになるのを、この時の陽はまだ知らない。
これにて第2楽章 花一倶楽部編完結です!
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