24.人を殺さないマフィア
「アタシ、ださいなあ」
みんなで歩く帰り道。
「陽ちゃんのこと散々言っときながら、アタシが一番の役立たずだったんだからさ」
自嘲気味に笑いながら、セイコはそう言って立ち止まった。
「アタシは強いって自負がたしかにあったの。そんなんで油断しちゃうなんてさー。陽ちゃんのこととか全然言ってらんないよね」
陽はふむ、と考えてみた。するとどうも、セイコは重要なことを忘れているような気がしてならなかった。
「セイコさんはそう感じてるのかもしれないですけど、私はそうは思ってませんよ。」
セイコは首をもむのをやめ、
「だってセイコさんは、私を怖いお兄さんから助けてくれたんです。」
固唾を飲んでこちらを見つめてくる。
(あの時のセイコさん、本当に格好良くて……ヒーローみたいだった)
「やられた方は覚えていても、やった方は覚えていないことが多いですからね。何事も」
聖田が不敵に笑む。
「ありがとう、陽ちゃん。お世辞でも嬉しいよーーでもね。この借りはいつか必ず、君に返すから」
セイコから握手を求められる。陽は喜んでそれに応じた。
「ま、その頃までに陽なんてくたばってる可能性のが高けーけどな」
影助が煽るように陽の肩にポンと手を置くが、束の間。
揚げ足取らないの!とセイコは影助を蹴り飛ばした。
「しーっ。皆さん、そんなに興奮したらいけないですよ。近隣の方々にも迷惑です」
聖田が注意すると、その場にいる全員が心なしか小声になる。
唐突に、恵業が息を含んで喋り始めた。
「あぁ、そういえば……褒美といってはなんだが、こいつをお前に預けておきたいんだった。」
陽の前に差し出されたのは、銀色の1丁の銃。
年季は入っていたが、どこか真新しさも感じられーー丁寧に手入れがなされているようだった。
陽は一瞬、戸惑った。
(たしかに綺麗だけど……)
「お気遣いに感謝します、ボス。ーーでも、コレは受け取れません。なんたって私、"人を殺さない"マフィアを目指してますからね!」
影助の視線になんだか圧を感じるが、陽は胸を張って自分の意志を告げることにした。
「そうは言ってもなあ……死と隣り合わせの仕事をしてる以上、いずれ必要になることもあるだろう。
部下を守るのがボスの務めだ。これは俺のエゴだと思って、どうか押し付けられてくれねえか」
陽はもう一度よく考えると、やがて観念したように頷いた。
「そういうことなら……分かりました。護身用として使わせていただきます。」
影助は何を思ったのか、ハアとそれは深いため息をつく。
「護身用護身用って簡単に言うけどな、あれはいわゆる"デキる"ヤツの手抜きだ。素人のお前にはまず無理だね」
「でしたら、"デキる"君守さんが陽さんにお稽古をつけてあげれば、一件落着なのでは?」
ーーついでに僕にもご教授ください、君守先生?
聖田が影助を見下ろし了承を得ようとするも、影助は顔を歪めて不満そうだった。
「は⁈ 陽は百歩、いや千歩譲っていいとして、お前は論外だワ。さっさとゴキゲンに拷問でもしてろ」
「ーーだそうです、陽さん。」
残念、と聖田が肩をすくめた。
「陽の教育係が決定しちまったみてえだな。その代わり、別に褒美は取らせてやるから安心していいぜ。なんか欲しいものでもあるか? この際だ。遠慮なく言ってみろ」
(欲しいもの……そうだ! 一個だけある!)
「イタリア製のマウスピース!」
「を、手入れするブラスソープ水溶液が欲しいです!」
(カルマファミリーに来てから、満足にお掃除すらやってあげられなかったもんね)
陽は生まれたての赤ん坊に接するように、そうっとトランペットを撫でた。
「……そんなもんでいいのか? セイコだったらもっと容赦ねえぞ」
恵業はぽかんと大口を開け、セイコを一瞥する。当のセイコはてへぺろっとしていた。
「そんなもん⁈ お手入れは一度怠ったら大変なんですよ。ほら、この銃だってとっても立派じゃないですか」
陽は必死になって、恵業からもらったばかりの銃を強調した。
「おー。陽ちゃんってやっぱ、マジで楽器店勤めだったんだね。目線がプロっぽい」
「なんだろうな、このーー得体の知れねえ加護欲ってやつがどうにも」
「目に入れても痛くないのでしたら、陽さんはボスの初孫ということになるのではないでしょうか」
恵業はこれでもかと大きく片目を見開いた。
「そうかも、しれねえ……」
「オイテメェ、誰がジイさんだって?」
恵業が苦しそうに胸を押さえたときにはもう、影助は聖田を殴ろうとしていた。
「ちょっとちょっと! ボスも影ちゃんも真に受けないで。純粋すぎだよ!」
陽が聖田をかばうより先に、セイコが二人を落ち着かせてくれた。
(はあ良かったあ。セイコさんが止めてくれて一安心)
何はともあれ、できるだけ銃を使うという選択肢を取らないようにしようと、陽は強く決意したのだった。
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屋敷に着くと、すでに鶏が騒がしく鳴く頃になっていた。
影助は御代新聞社が配達してきた朝刊を手に取った。
見ると、花一倶楽部の副会長が御代新聞社に情報を売ったらしく、これまでの会長の悪業が仰々しく紙面を飾っていた。
(あの老いぼれがか? はんっ、ダッセェこった)
《会長・S氏による凄惨な性的暴行の数々》
特に目立つ位置に配置されていたこんな一行が、影助の目に止まる。
(……薄々勘づいてはいたが、やっぱりか)
どうやら、人質はただ買われるだけでは済まされなかったようだ。
「あのヤロウ、地下牢にブチ込ンどいて正解でしたね」
影助は興味を失ったかのように新聞をくずかごへ放り投げた。
ああ、と恵業は短く返事する。
「そこでボスに折入ってお願いが。新聞の内容、アイツにはなるべく勘づかせないようにしてやってください」
「驚いた。影ちゃんってわりと面倒見いいんだ」
ーーそれとも、陽ちゃん限定?
セイコは横から割り込み、こちらをからかうようにニヤニヤしてくる。影助からしたら、この女の親戚のようなノリが不愉快極まりない。
「……ぬかせ。オレはただ、アイツの返済意欲を削ぐような真似をしたくねェだけだ。」
「そんなこと言っちゃって。素直じゃないんだから〜」
「チッ、それにあの性格だ。"人助け"だとでも思わせておいたほうが後々都合がいいだろ」
「秘すれば花、だな」
セイコに言い負かされそうになっている影助に、助け舟を出してくれたのは恵業だった。
「まーアタシも正直、影ちゃんと同意見。……手遅れの人がいるって知ったら、あのコはきっと悲しむだろうから」
新聞には、被害を受けた女性のほとんどが行方知れずだと書かれていた。きっともう、どこか遠くへ売り飛ばされてしまったのだろう。そうでなければそのまま花一にーー
セイコはしゃがんで、くずかごを覗く。
「やっぱさあ。こーゆーのはどうしても、サイアクだなって思っちゃうよね…………だってウチらは、誇り高きカルマファミリーなんだから」
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陽はお盆がひっくり返ってしまわないよう、全神経を手に注がせる。
(さようなら……私のドルチェ!)
陽は大好物のドルチェを惜しみつつも、地下牢へ続く階段を降りていった。




