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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第2楽章 花一倶楽部編
27/94

24.人を殺さないマフィア



「アタシ、ださいなあ」


 みんなで歩く帰り道。


ヨウちゃんのこと散々言っときながら、アタシが一番の役立たずだったんだからさ」


 自嘲気味に笑いながら、セイコはそう言って立ち止まった。


「アタシは強いって自負がたしかにあったの。そんなんで油断しちゃうなんてさー。ヨウちゃんのこととか全然言ってらんないよね」


 はるはふむ、と考えてみた。するとどうも、セイコは重要なことを忘れているような気がしてならなかった。



「セイコさんはそう感じてるのかもしれないですけど、私はそうは思ってませんよ。」


 セイコは首をもむのをやめ、


「だってセイコさんは、私を怖いお兄さんから助けてくれたんです。」


 固唾を飲んでこちらを見つめてくる。


(あの時のセイコさん、本当に格好良くて……ヒーローみたいだった)




「やられた方は覚えていても、やった方は覚えていないことが多いですからね。何事も」


 聖田きよだが不敵に笑む。




「ありがとう、ヨウちゃん。お世辞でも嬉しいよーーでもね。この借りはいつか必ず、君に返すから」


 セイコから握手を求められる。はるは喜んでそれに応じた。



「ま、その頃までにヨウなんてくたばってる可能性のが高けーけどな」


 影助えいすけが煽るようにはるの肩にポンと手を置くが、束の間。

 揚げ足取らないの!とセイコは影助えいすけを蹴り飛ばした。





「しーっ。皆さん、そんなに興奮したらいけないですよ。近隣の方々にも迷惑です」



 聖田きよだが注意すると、その場にいる全員が心なしか小声になる。







 

 唐突に、恵業けいごうが息を含んで喋り始めた。


「あぁ、そういえば……褒美といってはなんだが、こいつをお前に預けておきたいんだった。」


 はるの前に差し出されたのは、銀色の1丁の銃。

 年季は入っていたが、どこか真新しさも感じられーー丁寧に手入れがなされているようだった。


 はるは一瞬、戸惑った。


(たしかに綺麗だけど……)


「お気遣いに感謝します、ボス。ーーでも、コレは受け取れません。なんたって私、"人を殺さない"マフィアを目指してますからね!」


 影助えいすけの視線になんだか圧を感じるが、はるは胸を張って自分の意志を告げることにした。


「そうは言ってもなあ……死と隣り合わせの仕事をしてる以上、いずれ必要になることもあるだろう。

部下を守るのがボスの務めだ。これは俺のエゴだと思って、どうか押し付けられてくれねえか」




 はるはもう一度よく考えると、やがて観念したように頷いた。


「そういうことなら……分かりました。護身用として使わせていただきます。」



 影助えいすけは何を思ったのか、ハアとそれは深いため息をつく。



「護身用護身用って簡単に言うけどな、あれはいわゆる"デキる"ヤツの手抜きだ。素人のお前にはまず無理だね」




「でしたら、"デキる"君守きみもりさんがはるさんにお稽古をつけてあげれば、一件落着なのでは?」


ーーついでに僕にもご教授ください、君守きみもり先生?


 聖田きよだ影助えいすけを見下ろし了承を得ようとするも、影助えいすけは顔を歪めて不満そうだった。


「は⁈ ヨウは百歩、いや千歩譲っていいとして、お前は論外だワ。さっさとゴキゲンに拷問でもしてろ」



「ーーだそうです、はるさん。」


 残念、と聖田きよだが肩をすくめた。



ヨウの教育係が決定しちまったみてえだな。その代わり、別に褒美は取らせてやるから安心していいぜ。なんか欲しいものでもあるか? この際だ。遠慮なく言ってみろ」



(欲しいもの……そうだ! 一個だけある!)


「イタリア製のマウスピース!」


「を、手入れするブラスソープ水溶液が欲しいです!」


(カルマファミリーに来てから、満足にお掃除すらやってあげられなかったもんね)


 はるは生まれたての赤ん坊に接するように、そうっとトランペットを撫でた。



「……そんなもんでいいのか? セイコだったらもっと容赦ねえぞ」


 恵業けいごうはぽかんと大口を開け、セイコを一瞥する。当のセイコはてへぺろっとしていた。


「そんなもん⁈ お手入れは一度怠ったら大変なんですよ。ほら、この銃だってとっても立派じゃないですか」


 はるは必死になって、恵業けいごうからもらったばかりの銃を強調した。


「おー。ヨウちゃんってやっぱ、マジで楽器店勤めだったんだね。目線がプロっぽい」



「なんだろうな、このーー得体の知れねえ加護欲ってやつがどうにも」



「目に入れても痛くないのでしたら、はるさんはボスの初孫ということになるのではないでしょうか」


 恵業けいごうはこれでもかと大きく片目を見開いた。


「そうかも、しれねえ……」



「オイテメェ、誰がジイさんだって?」


 恵業けいごうが苦しそうに胸を押さえたときにはもう、影助えいすけ聖田きよだを殴ろうとしていた。


「ちょっとちょっと! ボスもえいちゃんも真に受けないで。純粋すぎだよ!」


 はる聖田きよだをかばうより先に、セイコが二人を落ち着かせてくれた。



(はあ良かったあ。セイコさんが止めてくれて一安心)


 何はともあれ、できるだけ銃を使うという選択肢を取らないようにしようと、はるは強く決意したのだった。


__________________________________________









 屋敷に着くと、すでに鶏が騒がしく鳴く頃になっていた。


 影助えいすけ御代みよ新聞社が配達してきた朝刊を手に取った。


 見ると、花一倶楽部の副会長が御代新聞社に情報を売ったらしく、これまでの会長の悪業が仰々しく紙面を飾っていた。


(あの老いぼれがか? はんっ、ダッセェこった)


《会長・S氏による凄惨な性的暴行の数々》


 特に目立つ位置に配置されていたこんな一行が、影助えいすけの目に止まる。


(……薄々勘づいてはいたが、やっぱりか)


 どうやら、人質はただ買われるだけでは済まされなかったようだ。


「あのヤロウ、地下牢にブチ込ンどいて正解でしたね」


 影助えいすけは興味を失ったかのように新聞をくずかごへ放り投げた。

 ああ、と恵業けいごうは短く返事する。


「そこでボスに折入ってお願いが。新聞の内容、アイツにはなるべく勘づかせないようにしてやってください」



「驚いた。えいちゃんってわりと面倒見いいんだ」


ーーそれとも、ヨウちゃん限定?




 セイコは横から割り込み、こちらをからかうようにニヤニヤしてくる。影助えいすけからしたら、この女の親戚のようなノリが不愉快極まりない。


「……ぬかせ。オレはただ、アイツの返済意欲を削ぐような真似をしたくねェだけだ。」


「そんなこと言っちゃって。素直じゃないんだから〜」



「チッ、それにあの性格だ。"人助け"だとでも思わせておいたほうが後々都合がいいだろ」



「秘すれば花、だな」


 セイコに言い負かされそうになっている影助えいすけに、助け舟を出してくれたのは恵業けいごうだった。


「まーアタシも正直、えいちゃんと同意見。……手遅れの人がいるって知ったら、あのコはきっと悲しむだろうから」


 新聞には、被害を受けた女性のほとんどが行方知れずだと書かれていた。きっともう、どこか遠くへ売り飛ばされてしまったのだろう。そうでなければそのまま花一にーー


 セイコはしゃがんで、くずかごを覗く。



「やっぱさあ。こーゆーのはどうしても、サイアクだなって思っちゃうよね…………だってウチらは、誇り高きカルマファミリーなんだから」






__________________________________________



 はるはお盆がひっくり返ってしまわないよう、全神経を手に注がせる。


(さようなら……私のドルチェ!)


 はるは大好物のドルチェを惜しみつつも、地下牢へ続く階段を降りていった。







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