23.ヒーローは凄腕のスナイパー
「ああん? 誰だお前はーー」
「わざわざここに来たんだ、分かってんだろうなァ。……まあ肉付きはそこそこ悪くねェようだが」
ーーお前もカルマの使い、いや、こんな小娘が?
隠し扉はやはり、花一倶楽部の秘密基地に繋がっていたようだ。品定めするような花一と視線が絡み合い、陽は少しニヤッと笑った。
「私、凄腕のスナイパーなんですっ!」
花一は嘲るように、じろりと陽を見た。
「はっ! お前みたいなのがか? そんな冗談、イマドキ猿でも通じねェよ」
「ーーところがどっこい。分かりませんよお!」
「じゃあどこにあるんだよ銃は」
陽を見くびっているのだろうか、花一はその場から一歩も動こうとしない。千載一遇のチャンスを逃すまいと、陽は覚悟を決めて全速力で走り出し、後ろ手に隠していた例のブツの正体を、自信満々に明かしてみせる。
(銃は……このコ!)
花一の耳元で思いっきり響かせたのは、fffのロングトーン。いい目くらましならぬ、いい耳くらましだ。
「ぐわあっ‼︎」
思いもよらぬ陽の猛攻に花一は耳を押さえ、拘束されていたセイコが解放される。
仕方がなかったとはいえ、花一の鼓膜を破ってしまったことに対して、陽は何度も心中で謝罪した。
「さ、セイコさん。今のうちに行きましょう‼︎」
陽は迷わずセイコに手を差し伸べる。
「ヒー、ロー……?」
瞳はふるふると揺れていた。時間もないので、陽は今度こそ強引にセイコの手を引いて隠し扉を目指す。
陽は走りにくいかと思い、最初にセイコの拘束具を外してあげた。
「ありがとう、陽ちゃん。ーーさっきの、銃っていうか……どっちかっていうと大砲っぽくなかった?」
陽の"トランペット砲"を目の当たりにしたセイコに、クスクスと笑われてしまう。
陽は顔から火が出る思いがした。トランペットを利用した耳くらまし作戦は、セイコ救出に向かう短時間で思いついたものだった。
小走りになりながら、セイコはそわそわした様子で告げる。
「アタシね、今まで陽ちゃんのこと」
「闇バイト感覚でやってるようなーーもっとこう、フツーの子だと思ってたの」
「ウチってほら……お給料悪くないじゃない?」
ーーもし陽ちゃんがお金目当てで来てるんだったら
「アタシの大好きなカルマファミリーが汚されるような気がして、嫌だったの」
肩代わりした借金返済を目的とし、カルマファミリーに与する陽。セイコの言い分は強ち間違いではない。
しかし、今はそんなことよりもーー。
「……セイコさん、どうしましょう。暗すぎて出口がどこだか分からなくなってしまいました」
「は」
「……わーん! ごめんなさい! とにかく明るい方へって必死だったので! その後のことなんてなんにも考えてなかった‼︎」
アニメや漫画で見るように、来た道にパンくずでもまいておけば良かった、と陽は激しく後悔する。
「分かったから静かに!」
陽は鬼気迫る表情のセイコに、両手で口を覆われる。
(もがっ。ふぁい、ふぁふぁひはひは)
「花一のジジイに気づかれちゃったら、せっかくの陽ちゃんの勇姿がムダになっちゃうでしょうが!」
ーーどこだあ、ブッ殺してやる
「ほらもう! 言ったそばから……! いい? アタシが囮になるから、その隙に」
「嫌です! セイコさんを置いていけない!」
陽は食い気味に即答した。
囮になる、させない論争を繰り広げているうちに、ついに二人は花一に追いつかれてしまう。
「捕まえたーぞお! コイツめ……! へへっ。殺―すだけじゃあ、飽き足りん。死ぬよりツラい目にぃ合わせてやるう!」
陽は子猫のごとく、花一に首根っこを掴まれた。
「お、降ろしてください……っ!」
(そうだった。鼓膜破っちゃったから、耳が聞こえにくくなってるんだった)
(他でもない、私のせいで)
これが自業自得というやつか、と陽は敵を前にひとりごちそうになる。
二度も同じ手は使えない。どうやって事態を切り抜けようかと考えた、その瞬間。
「陽ちゃんっ! 後ろ……!」
ーーゴキゴキゴキ、バキッ
「いッぎゃああああああああ! お、おおお、おでの骨がーー」
痛みに耐えられず、床にゴロゴロと転がる花一。
どうやら何者かによって、骨を外されてしまったかのようだった。
「ふう、間に合って良かった。大丈夫ですか? 陽さん」
そう、地上から舞い降りたーー聖田朧によって。
助けにきてくれた聖田、影助、恵業とも合流し、今は念のため首に痣などができていないか聖田に診てもらっていた陽。
『残りのヤツらの捕縛、こっちもやっと終わりやした! 後処理ができ次第アンダーボスたちンとこ、向かいます!』
「いや、いい。先に屋敷戻っとけ。ーーおう、ンじゃまた後で。」
表情一つ変えずトランシーバーをカウンターに置いた影助に、陽はそこに直れと告げられる。
影助の意図は分からずも、陽は言われた通り素直に正座することにした。
「テメェ、自分がどんだけバカなことしたか、分かってねーみたいだな」
陽はちょっとギクっとなる。もしかして、花一の鼓膜を破ったのがいけなかったんだろうか。いや、もちろんいけないが。
「……まずは報連相を徹底しやがれ! ここに花一がいるってこと、敵に教えられるってどーいうことだ!」
(……ん⁈)
陽は真面目に話を聞きつつも、影助の怒っている内容の八割くらいは理解できなかった。
「あ、あの〜。ほうれん草ってなんですか? 野菜?」
陽は激しく叱責する影助に申し訳ないと思いつつも、おずおずと手を挙げた。
「……チッ、これで前の職場がどんだけクソだったか露呈されたな」
「報告・連絡・相談のことですよ、陽さん。」
戸惑う陽に、聖田がこっそり教えてくれた。
「あっ、なるほど! それが、なんとトランシーバーをなくしてしまったみたいでーー」
影助は信じられないという風に目を見開いてカウンターを叩く。
「ああ⁈ もういっぺん言ってみろォ! 何をなくしただって⁈」
「ト、トランシーバー。です。」
陽の声と背中は、だんだん小さくなっていく。
「まあまあそう怒ってやるな、影助。」
花一の腕をきつく縛りながら、恵業が影助をなだめる。
「そーだよ影ちゃん! アタシなんて、陽ちゃんが助けにきてくれなかったら今頃あのダルマジジイの腕の中で眠ってたんだから」
「うん。お怪我もなくてたいへんよろしいーーまずは頑張った陽さんを、みんなで労ってあげるべきではないでしょうか」
「……っ新人のくせに、出過ぎた真似しやがって」
じーっ
「だーっ! ウゼェ‼︎ よく一人で耐え抜いたなお疲れ様!」
他のみんなにくすくす笑われて、プライドが許さなかったのだろうか。影助は陽の額に容赦のないデコピンをした。
「ダメじゃないですか君守さん、そんなに乱暴しちゃ。ーーたくさん頑張って偉かったですねえ、陽さん」
陽は額に強い痛みを覚えたが、その後にくるみんなからの頭なでなで攻撃に耐える方がある意味辛かった。
(あ、でも、なんだろうこの感じ……)
懐かしい空気に陽はなんだか絆されて、ちょっとだけ出てきた涙を必死にこすった。