17.情報戦で無双できるよう頑張ります
そこかしこから、焼き鳥やらお酒やらのもわんとした匂いが伝わってくる。
路上にたたずむ高校生くらいの少女、執拗な店のキャッチ。
夜の住人たちに若干気圧されつつ、陽はそれをひた隠すように楽器ケースを一層強く握りしめた。
「ーーすみません、すみません。ココ、ちょっと通してください」
(気張っていかなきゃな……)
陽は水浴びを終えたばかりの犬みたいに、頭をぶんぶん振りまくる。
事の発端は、聖田のある提案からだった。
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バァン!と、割れた風船のような音が響き、陽は後ろを振り返った。見ると、執務室の扉が開かれている。
戦闘態勢に入っていた恵業、影助、聖田は、拍子抜けだと言わんばかりに肩をすくめた。
とんだサプライズだな、と影助は舌打ちをかます。
「ーーなンだ駿河かよ。見ての通り今ァお取り込み中だ。用があるなら手短に頼むワ」
「すんません! 緊急事態でして……あの、ボス! 先ほど信濃さんから連絡が入ったんですがーー」
聞けば、カルマファミリー見回りコースの路地裏で、何やら怪しげな歌を歌う男たちが移民女性を囲っていたそうだ。
信濃たちが声をかけると男たちは逃げていき、見つけ次第こちらへ連行してくるとのことだった。
恵業はふむ、と考える素振りを見せる。
「……そいつら、武器は持ってなかったんだろ? なら、利根あたりが上手く捕縛してくれるだろうさ。駿河お前、ちったあ気負いすぎじゃーー」
「いくら信濃さんたちとはいえ、この間受けた傷がまだ残ってるんです!」
駿河は、拳をわなわなと震わせる。怒気を孕んだ声だった。
「テメェ、下っ端の分際でボスになんて口の聞き方ーー!」「待て、影助」
「……俺はあの人たちが心配でならねえ。平の俺が言うのもおこがましいでしょうが、応戦許可を願えますか」
許可さえもらえれば俺1人でも行きます、と駿河。
(……? どうしてずっと朧さんをチラチラ見てるんだろう。新入り、だからかな)
「ーー少し、いいでしょうか」
聖田は、駿河の方へにじりにじりと詰め寄った。
「駿河さん。貴方の話によれば、その路地裏というのは現在文堂さんのいるバーからさほど遠くはないようだ。それに、怪しげな歌というのも気になります」
陽はようやく合点がいき、顔を上げる。
「それって、つまりーー」
聖田は陽を見つめ、得意げに笑った。
「ええ、花一倶楽部の者と見て間違いないでしょうね」
恵業は、駿河の肩にポンと手を置いた。
「すまねえな、駿河。俺にはちと仲間を労う気持ちってのが足りてなかったみてえだ……危うく取り返しのつかなくなるところだった。気づかせてくれて、ありがとうな」
駿河も影助も、すでに落ち着きを取り戻したようだった。
「いいえボス。俺には謝罪なんて必要ありませんよ。そういうのは後で信濃さんたちに言ってあげないと」
影助は無言のまま、貧乏ゆすりをし始めた。
(いや、影助さんはちょっと微妙かも……?)
「ーーさて、そうなってくると、文堂さんの潜入先には誰が向かいます?」
ーー二手に分かれましょうーー
聖田はそう言った。
駿河が事を知らせる前ならば、多いに越したことはないということで、恵業、影助、聖田、陽の4名でバーに赴くはずだった。
「俺はもちろん、信濃さんたちのとこで!」
元気よく駿河が手を挙げる。
陽は壁にもたれかかって貧乏ゆすりを続ける影助を見やった。
「……オレは別に、ボスの護衛ができればどこでもいい」
「おやおや、肝心のボスは?」
恵業は首を捻りに捻りまくっていた。
「うーーーーーーん、セイコのところに行ってやりたいのはやまやまなんだがな。アイツらに会ってすぐに謝らねえと、俺の中の"漢"が廃るってもんだ」
「では、信濃さんたちのところへ?」
聖田はにこやかに尋ねる。恵業は面目ないと言う風に頷いた。
「そうしたら、3対2でちょうどいいですかね?」
陽は聖田に確認を取るが、聖田は曖昧に微笑んだ。
「僕もそれが最良だと踏んでいたのですが……どうやら状況が変わったようです」
陽はハッと息を呑む。
(そうだった。あっちには何人いるか分からないんだよね)
「たしかに、一度退却してたくさんの仲間を連れてくるのって、昔映画で観たことがあります」
多勢に無勢では元も子もない。
「それなら、じゃんけんでどちらかはあっちに加勢しましょう!」
聖田はいつもの如く、くすりと笑った。
「ありがとうございます。ですがここは、常識的に考えて僕が」
少しでも貴女を危険に晒すわけにはいきませんから、と付け加えられる。
「バーはゴロツキたちのたまり場でもありますが、情報を集める絶好の場です。それに、時と場合によっては安全地帯と断言してもいい」
ーー比較的安パイなバーへは女性陣、大穴の路地裏へは僕たちが。
「オイ陽! セイコと2人だからって悪さすんじゃねェぞー」
「影助、お前またーー! 陽に限ってそんなことあるか!」
「ふふ、困った人たちだ。異変があれば、すぐ僕のトランシーバーに連絡を。それじゃあお仕事頑張ってきますね、陽さん」
「……あ、はい! お互い頑張りましょう! みなさん、ご無事で」
陽の潜入するバーの方が、危険が及ぶ可能性はたしかに低いのだろう。
しかし決して突き放されたわけではないのに、どうしてか陽の胸のいがいがは取れなかった。