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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第2楽章 花一倶楽部編
18/94

15.修学旅行中に悪ノリする男児


「ーーああはるさん、そんな顔しないで。僕まで悲しくなってしまいます」


 陽(水はる)はやってくる痛みに目をつむる。


「すぐに終わりますから……ね?」




 冷たい水に耐えた後。柔らかなガーゼに、はるの傷口はキュッとおさえつけられた。



 加入儀式でみんなの血を交わらせる際、勢いあまって、親指を血みどろにさせてしまったはる


 今は、医術の心得があるという聖田きよだに、応急処置をしてもらっていたところだった。


「手は尽くしたと思います。はい、目を開けて」


 半笑いが隠し切れていない聖田きよだ



ーーおそるおそる。


「う、うぅ……っわあ! すごい聖田きよださん! 痛みを全く感じなくなりました!」


「まあね。これでも僕、医学部でしたから」


 はるは魔法のような聖田きよだの手当てに感心して、思わずぴょんぴょん飛び跳ねてしまう。


(これならトランペットも吹けそうで安心だ〜!)



「……ったくよォ、あんな思いっ切りブッ刺すヤツがあるか? 少量でいーんだよ少量で! このバカヨウ!」


 はるの喜ぶ姿をよそに、悪態をついて頭を叩こうとするのは影助えいすけ


 

 しかし突然、そんな影助えいすけの左手に激痛が走ったようだった。


 見れば、包帯の結び目をギチギチに縛られてしまっていた。ーー他でもない、聖田きよだの手によって。


「ふふ、包帯も気もゆるんでるんじゃないですか?」


 行き場を失った左手が虚しい。


「っ! テメェ、あとでぜってー殺す!」


 戦闘態勢の2人に、はるは苦笑いするほかなかった。



「まあまあ。勢いがあるのはヨウのいいとこでもあるしな」


 見苦しいぞお前ら、と恵業けいごうが付け足す。


「……たしかに、そう言えなくもないですね! ボス‼︎」


 影助えいすけは、犬が飼い主を見つけたかのように恵業けいごうに駆け寄っていった。後ろに、尻尾のエフェクトが見えてくる。


(本当に、ボスのことが大好きなんだなあ)


 恵業けいごうの命令ならば、影助えいすけはどんな望みでも叶えてしまうのではないかとすら思えた。






「ーーさてと、今のうちに。」


 聖田きよだはるにそっと耳打ちしてくる。


はるさん。僕と一緒にお茶でもどうでしょうか? 親睦会も兼ねて。」


 宿舎の方にラウンジがあるのが見えましたーー囁く聖田に、行ってみたい! と陽は前のめりになる。


 が、一瞬うーんと考える。


「……やっぱり、新人の私たちだけで行くのはちょっと申し訳ない気がします。あ! でも、そうだなあ。行くならみんなで行きましょう!」


(前、勝手に1人で探索して高熱を出しちゃったわけだし)


ーーここはマフィアのアジト。何かあってからでは遅いのだ、とはるは思う。


はるさん、病み上がりですよね? ーー貴女は頑張りすぎだから、たまには休憩も必要だと思うんです」


 こういうとき、はるは相手の考えに押されがちだ。



「それならお部屋にーーわわ! 聖田きよださん⁈」


 いつの間にか、聖田きよだは余裕そうにはるの手を引いていた。



 影助えいすけはというと、繰り返される恵業けいごうの武勇伝を飽きもせず聞き続けている。



 結局、2人には気づかれないまま、聖田きよだはるをラウンジへと連れて行ってしまった。



 *




 目の前で湯気を立てるホットミルク。


 ついさっき、苦めのコーヒーに挑戦しようとしたところ、聖田きよだに止められてしまい、代わりに安眠効果のあるホットミルクを勧められたのだった。


「ふふっ、はるさん、美味しいでしょう」


 聖田きよだは小さなカップを手にしてそう言った。


「はい! とっても! ーー聖田きよださんは、本当にエスプレッソだけでいいんですか?」


 おやつのビスコッティに、聖田きよだは一向に手をつける気配がなかった。


「ええ。僕、お腹いっぱいですから」


(なんか、私だけ食べてて申し訳ない)


こんな状況でも、ちゃんとお腹は空く。


 はるはビスコッティをもごもごと頬張った。



 はるはニコニコこちらを眺める聖田きよだを、じーっと見つめてみる。


「どうかしましたか? はるさん」



「いえ、ちゃんと"はる"って呼んでくれるの、聖田きよださんくらいだなあと思って」



「ーーここの人たち、みんな私のこと"ヨウ"って呼ぶから」


 それが食事も喉を通らないほど嫌、というわけではなかったが、やはり少しの寂しさはあった。




「だから、これからもはるさんって呼んでくれたら嬉しいです!」







「分かりました……ヨウさん」


「エッ‼︎」


 はるは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、ちょっと泣きそうにさえなっていた。


「ふっ、嘘です。その代わり、はるさんだけは僕のこと、下の名前で呼ぶようにしてくださいね」

 

(おぼろさん、かあ)


 はるは、その名前の綺麗な響きに胸を躍らせた。





「そうだ、親指の方はもう慣れてきました?」



「あ、はい! きよ……おぼろさんに治していただいたおかげで、また楽しくトランペットが吹けると思います」


 聖田きよだは満足げに目を細める。


「本当にお好きなんですね、トランペット」


「はい! それはもう! 分身みたいなものなんです。ーーおぼろさんこそ、何かそういったものはないですか?」



「そうですねえ……はるさんほどの熱量はないですが、ヴァイオリンを少々」



「えー! ヴァイオリン! 似合いますねえ」





「いつか合わせてみたいですね!」


「あ、ピアノがいれば完璧だなあ」


 などと、はるは1人で期待を膨らませた。



 でも、と聖田きよだがこちらに距離を詰めてくる。


「僕はむしろ、今みたいに2人きりの方がいいんだけどな」


 はるは目をぱちくりとさせる。


(え、それってーー)


「もしかしておぼろさん、大人数があんまり好きじゃないですか?」




ーー行くならみんなで行きましょう!



「だとしたら、さっきあんなことを言ってしまってすみませんでした!」


「は……ああ、いえ。ーーそうです。僕、少人数の方が好きでして」


 聖田きよだはまいったな、という風な顔をしていた。



「私たち、"騙されちゃった同盟"なんですから、困ったことがあればなんでも相談してくださいね!」


 はるは、聖田きよだに屈託のない笑顔を向ける。


 *



「おーおー、ウチのピアノコンビは帰宅が遅いこって」


 影助えいすけは不満そうな表情をこちらに向ける。


「ご、ごめんなさーい! ……ピアノ?」


「鍵盤のことじゃないでしょうか」


 喪服の聖田きよだに、アイボリースーツのはる

 顔を見合わせ、2人して笑い合った。




「ああ、おかえり2人とも。……たった今、セイコから連絡が入ってな」


 恵業けいごうは、なんだか物々しい雰囲気でそう告げる。




「応援要請だ。みんな、動くぞ」


 待ってました、と言わんばかりに影助えいすけはうんうん頷く。


「……待ってろよ、"花一倶楽部はないちくらぶ"。」


 恵業けいごうの瞳には、ゆらゆら揺れる業火が宿っていた。


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