14.幸福のクレッシェンド
時系列的には、12の後です!
陽と聖田は指切りを交わした後、本日開催されるというカルマファミリーの加入儀式に向かっていた。
ちょうど加入時期の近かった陽と聖田。それならば儀式をまとめてやってしまおう、ということらしかった。
雑談をしながら歩いていると、廊下で影助に出くわした。先日の件もあって、今は少しだけ気まずい。
陽には、血の海がフラッシュバックする。
「あ、お、おはようございます。影助さん。ーーって、どうしたんですか⁈ そのケガ!」
影助の左手には、包帯がぐるぐると巻かれていた。
陽は近づいて包帯のほつれを直そうとすると、影助から手を振り払われてしまう。
「……オレらのこと、気絶するくらい嫌になったんじゃねーの」
陽は予想だにしていなかった発言に度肝を抜かれた。
「なっ⁈ こんなひどいケガしてるのに、敵も味方もありませんよ!」
見るからに消毒はしていなさそうだったので、陽は常備の消毒液を取りに行こうとするが、陽さん陽さんーーと、耳元で聖田にこそこそ囁かれる。
(え? なになに⁇ ……ふんふん、なるほどそうか!)
「えっと、たしか患部には"塩水"がよく効くって聖田さんがーー!」
「オレは因幡の白ウサギかよ」
影助は陽に、強めのデコピンを食らわせる。
それとーーと影助は、ニコニコ顔の聖田をジトリと睨む。
「クソ悪魔はオモテ出なァ」
指をくいくいさせる影助のうしろには、見えないはずの炎が燃え上がっていた。
*
紆余曲折はあったものの、会場の執務室に着くと、恵業が誰かと通話しているようだった。
ーーカルマファミリーには、現在3人の幹部がいるらしい。まずボスの恵業、次にアンダーボスの影助。そして、あと1人……には、陽はまだ出会ったことがなかった。
ちょうどいいタイミングだったな、と恵業がこちらを見やる。
「今日は別の任務で来れないが、コイツが3人目の幹部・『文堂 セイコ』だ」
陽は、顔の見えない相手に礼儀正しく初めましてを言う。
『お、そのコが例の陽ちゃん? あーあ、せっかく今まで紅一点ポジだったのになあ。……なんてね』
『それからーー聖田朧さん? 噂は聞いてたよー。わーお、これは早くも幹部入りまったなしじゃなあい?』
トランシーバー越しに、大人の女性の声がする。なんとなく、美人の横顔が想起された。
「時間も時間だしな、そろそろ始めるかい?」
加入儀式はあくまで儀式であり、決して歓迎会のような楽しいものではない。
厳かな様子で式が始まった。
部屋の明かりが消され、代わりに一本の蝋燭が立てられる。
「これより、日楽 陽、及び聖田 朧の、カルマファミリー加入の儀を開始する」
いつもより低く通る声で、影助が凛と告げた。
『一つ、仲間を家族とし、これを守れ』
「一つ、我らが首魁・恵業 笛吉郎に命を以って忠誠を尽くせ」
「一つ、マフィアたるもの、名誉ある"漢"として恥ずべき行動を取るな」
影助、セイコ、恵業の順で、親指に針を刺していく。セイコはもちろん、端末の向こう側で済ませたようだ。
聖田もそれに倣い、片膝を立てながら、ぷつりと少量の血を出した。
「次は陽さんの番ですよ」
聖田が陽に耳打ちしてくる。学芸会でセリフを忘れた子に、こっそり教えてあげる先生のように。
みんなの所作を見ていたおかげで、やるべきことは分かる。が、陽はたちまち狼狽してしまう。
(いざというときになって、私はどれだけちっぽけな人間なんだろうって思った)
結局、陽は犯罪組織に加担してしまったからと言って、責任を感じて自決するほど崇高な人間ではなかったというわけだ。
ーーお嬢さん、ありがとうね。若いのに優しいねえ
いつぞやの電車のおばあさんが、陽の脳内に語りかける。
(おばあさん、ごめんなさい。)
(私、ホントのホントは優しくなんてなかったみたいです)
陽はおばあさんの見せてくれたあの笑顔に、胸が締めつけられる。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(だって私は、これからも美味しいご飯を食べたいし、トランペットも吹きたいし、親孝行もしたいから。)
ーー生きていたいから。
だからこそ。
(せめて今は、目の前のことを、頑張って頑張って頑張るんだ)
陽は親指に針を一息に刺す。
鮮血が下へ下へと落ちていった。
不思議と痛みは感じなかった。
みんなの血が溶け合い、交わる。
これにて、陽と聖田は正式にカルマファミリーに加わったことになった。
恵業は穏やかに微笑み、陽に告げる。
「陽がラッパを吹いてる間、俺らは派手に動き回れるからな。期待してるぞ」
ーーこれから私は、カルマファミリーで、マフィアとして生きていく。
(とにかく今は、未来の私に恥じないように、前を向いて歩いていこう。)
これにて、第1楽章「カルマファミリー編」終了です。
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