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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第1楽章 カルマファミリー編
15/94

13.通り名の意味なくないですか(笑)

はるが目覚める、ほんの少し前の出来事ーー


 影助えいすけは夜風にあたりながら、いつものように煙草をぷかぷかふかしていた。

 ひとりでただぼーっとするこの時間が、影助えいすけは好きだ。





「ーー月夜をさかなに煙草を嗜むというのも、また一興ですね」


カツンカツンと、革靴の音が静寂に鳴り響く。  

 面倒そうに後ろを見れば、"いかにも"な風貌をした男が立っている。


「……チッ、つきっきりでヨウの看病してたんじゃねェのかよ」


(人が気持ちよくヤニ吸ってたっつーのに、邪魔しやがって)


 いちいち確信犯か?と影助えいすけは思う。昼の騒動も含めて。



はるさんなら、今はすっかり容態も安定してきたのでね。まあ早ければ明朝には目を覚ますでしょう」


 聖田きよだはるの回復スピードが驚異的だ、などと抜かしているが、影助えいすけはそれを無視する。


(自作自演にもほどがあンだろ)


 あまりにもはるが不憫すぎるので、一周まわってもはや笑えてきた。





 男2人で黙り合うのもなんだしな、と初めて影助えいすけから聖田きよだに話しかけることにする。


「何が目的か知らねェが、本気でウチに入るってンならよォ」



「ーー今までのお前は、死んだと思え」


 聖田きよだは相変わらず、目を細め続けたままだ。



「鞍替えするからにはなァ、ウチのボス・恵業けいごう 笛吉郎ふえきちろうに命をかけて尽くすと証明してみせろ」


 影助えいすけは煙草をフェンスに押し当てる。


「まず実績を作るンだな。そうすりゃ、金輪際信用はしねェが利用はしてやるよ」


 聖田きよだあごに手を当て、うーんと考える仕草をしてみせた。


「なるほど実績……実績と言えば! 僕、ちょうどネズミを2匹捕まえたところだったんですよ」


「組織を脱走したバカ息子と、それを匿った父親ーー」


 なんとなく予想はしていたが、影助えいすけはブラックジョークを言われた時のように笑ってやった。



「はっ、どこまで"偶然"なんだかな」


(内部のごたごたで今まで泳がせてやっていたがーーそれももう、潮時か)


「いいぜ? 好きにして。汚島おじまの借金はヨウが肩代わりしてくれるそうだし、もうそいつらに用はねェよ」


(搾取できるとこまで搾取してもよかったけど……生産性のないクズなんてただのクズだしな)



 影助えいすけは嬉しそうな様子の聖田きよだをまじまじと見る。



ーー全身黒づくめの格好に、貼り付いたような笑みの薄気味悪さ。


(もふく、くろ……)


 ああ、と影助えいすけはようやく、既視感の正体に合点がいく。



「お前もしかして、ホントはセールスマンとかなンじゃねーの?」



 聖田きよだは一度不思議そうな顔をした後、目を伏せて静かに笑った。




「ふふっーーいいえ? 僕、"拷問のスペシャリスト"らしいですから」




「……まあなんでもいいワ。それよか、汚島おじまがもしナキ入れてきたら"自業自得"だって伝えてくンなァ」



 影助えいすけは宵闇を背に、顔の横でひらひらと手を振った。




__________________________________________





ーーさむい、さむい、さむい、さむい。なんだ、これは。


 まだ時期でもないのに、まるで冷房でも切り忘れてしまったかのような寒さだ。




 嫌悪感を抱きながらうっすらと目を開けると、汚島おじまは目の前に広がる光景に絶句した。



 ペンチ、金槌、そして、ノコギリーー。



 ここが普通の作業場なんかではないことを、壁や床にこびりついた大量の血が物語っている。




「おはようございます、お加減いかがですか?」


 並べ立てられた無数の器具に唖然としていると、全身黒づくめの不気味な男に顔を覗かれた。



「っひ、ヒィッ、誰だアンタは! なんで俺がこんな目に‼︎」


 椅子に縛られてしまっていて、うまく動けない。


「思い当たる節がないようじゃあ、どうしようもないですねえ」


(思い当たるったって……まさか、まさか日楽(あきら)のことか⁈)





「なんでもする! なんでもしますからあああ! どうか命だけはっ!」



「なんでも? そうですねえ……ならば、はるさんに誠心誠意謝ってください」


 そうか、と汚島おじまはるに兄弟か恋人がいた可能性を考える。


「すみませんすみませんっ、でも俺は悪くない! 元はと言えばアイツが悪かったんですゥッ! なんにもできないくせにつけ上がって、調子に乗ってェ!」


「だから少し痛い目見せようと思っただけで殺す気なんて!」


 男は何を考えているのか分からない目で汚島おじまを見つめる。


「ああ、それはそれは……僕の同僚がご迷惑をおかけしました」



 汚島おじまは男から、一枚の写真を見せつけられる。

 そこには場にそぐわない様子で、気持ちよさそうに眠るはるの姿があった。


「うふふ、びっくりしちゃいましたか? こちら本日のはるさんです」


 汚島おじまは信じられない事実に、ぶるぶると震えてしまった。


「な、なんで生きて……死んだハズじゃ」



「さあどうぞっ! 気が済むまで謝ってください」


ーーただし、"許してもらえたら"OKです



「ごっ、ごめんなさい! 俺が悪かったです! だから許してえっ‼︎」



 あははははっと、男はお腹を抱えて大笑いしだした。




 声が枯れるまで謝り続けたが、もちろん写真の中の人物に許してもらえるはずなどなかった。



 突如、男から表情が消え、くるっと汚島おじまを振り返る。



汚島おじまさんは、日本史ってお好きですか?」


「僕が聞いた話の中でも、実に興味深いものがありましてーー」


「時は平安っ!」


こちらには目もくれず、宙に向かって男は話し続けていた。




ーーと、配下にあった藤原経清の裏切りに対する執念、相当深かったんでしょうねぇ


ーー頼義は生け捕りにした経清の首を、錆びた刀で鋸引きさせたと伝えられています


 汚島おじまは男の話など頭には入ってこず、この状況を打開するすべはないかと必死に考える。


「まぁこの手の話って、半分フィクションである可能性が高いんですけどね!」


 男は黒いネクタイをゆるめながら、ノコギリをざり、ざり、と引きずってこちらに向かってくる。

 前に女と観たホラー映画が子ども騙しだと思うくらいに、汚島おじまは失禁してしまう。


「た、助けっーー!」


「こんな潰れかけの山小屋で叫んだって、無駄ですよお。むーだ」


でも、と男は下等な生物を蔑むような目つきで汚島おじまを見下ろす。





ーーおめでとうございます。ここから先は、まぎれもないリアルです




振り下ろされたノコギリを最後に、汚島おじまの意識は、そこで途切れた。




 動かなくなった汚島おじまの傍らに、聖田きよだは先ほど"処理"した父親の首を向かい合わせてみる。


「ふふっーー感動の再会、なんちゃって⭐︎」


(死んでいるんだから、もう意味なんてないんだけれどね。)


 

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