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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第1楽章 カルマファミリー編
12/94

10.keep out!

(んん、んんん……そろそろ、おきなきゃ)



ーー金曜日。

 低気圧のせいだろうか。今朝はなんだか、ひどい頭痛がずっと続いているような気がしていた。


(こんな日は、『だいくま』でも見て癒されよう)

 

はるは眠い目をこすりながら、ゆっくりとチャンネルを回す。

 しかし、テレビの画面は黒いままだ。


(あれ? もしかして今日、ホラー回?)


はるは、いぶかしげに画面を見つめる。


ーー途端、可愛かったはずの『だいくま』の顔が、血まみれの男の顔に変貌へんぼうする。


「うっわぎゃあああああああああああ⁈」

 

 はるはがばっと飛び起きた。



 年代物の家具が、必要最低限に並べられた部屋。かなり殺風景だ。


(ここ、どこ……?)


 見慣れたアパートーーではない。

知らないベッドで目覚めたことに、はるは絶望した。


 天井のシミが、だんだん人の顔のように見えてきてしまって、たまらなくなる。


 はるは気分を切り替えたくて、口でもゆすぎに行こうかと考えた。

 部屋を出ようとすると、1枚のメモがひらひらと降ってきた。どうやら、枕元に置いてあったメモが落ちてきたらしい。


「ふむ、なになに……『オッドーネファミリーのアジトにカチコミに行ってくる。

※今日からここがお前の部屋、粗相そそうのないように』?」


 メモの主は急いでいたのか、最後の方は走り書きになっていた。


 内容から察するに、カルマファミリーはまた誰かと争いをするようだ。はるは辛い現実に目を伏せる。


 *


 はるは今、丸火通商株式会社マルカつうしょうかぶしきがいしゃの裏に建つ、社員住宅にいる。

 

 洗面所に向かうついでに、はるは誰もいない宿舎を見て回ることにした。宿舎、というよりかは、絵本で見るようなお屋敷に近いみたいだけれど。




(ラウンジ。大きな白い階段。きらめくシャンデリア。それから、温泉……温泉⁈)

ーーやっぱり宿舎かもしれない。



 手入れも隅々まで良く行き届いているようで、はるは感心してしまった。

 



だいぶ歩いたところで、はるはかすかに違和感を覚える。


(なんか、物足りない。……あー!)




「トランペット!」


……しまった、と思う。

そういえば、物流倉庫からの記憶がまるでない。


(どうやって帰ってきたのかさえ分からない。多分気を失って、それからは)


 あの部屋には絶対になかったはずだ。だとしたら、考えられることはただ一つ。


(大事なトランペットなのに、倉庫に忘れてきちゃったんだ! 私のアホーー!)


 はるは急いで宿舎の出口を目指すが、警備をしていた構成員3人組にそれを阻止されてしまった。


(! この人たちはたしか、昨日のデパートにもいた人たちだ)


「お、おはようございます。お仕事お疲れ様です。……あのう、突然で申し訳ないんですけど、外出許可みたいなのっていただけたりはーー」


 はる、鬼のような形相で凄まれる。


(ですよねー!)


「しゅっ、すみません! 私のトランペット、デパートの倉庫に忘れてきてしまったみたいで! それで、今すぐにでも取りに行きたかったんです」


 はるは事情を説明すると、深い深いお辞儀をした。


「ーートランペット。ああ、もしかしてあれのことなんじゃねえか? 石狩いしかりよぉ」


 石狩いしかり、と呼ばれたサングラスの男は、小走りでどこかに行ってしまった。





「ほらよ信濃しなの、これのことだろ? アンダーボスに渡せって言われてた、」

 

 石狩いしかりは、息を切らしながら帰ってきた。


「ああ……! っ、ありがとうございます! 本当に、無事でよかったあ」


 はるはほっとしたのと嬉しいのとで、石狩いしかりに抱き着かんばかりの勢いでお礼を言った。


「良かったなあ、ヨウちゃん。俺まで泣けてきちゃうぜーーでもそれ、中に何が入ってんだ? もしかして、金とか?」


 はるは目に涙をためながら、違いますよ、と笑う。


「バカだなあ利根とねは。さっきトランペットって言ったばっかりだろうが」


 利根とねは2人に小突かれる。


「私ちょっと、トランペット吹きに行ってきますね!」


 はるは楽器ケースを大事そうに抱えて走った。


「いやヨウちゃん! じっとしてろってボスたちがーー!」


 残念ながらもうはるの耳には、信濃しなのの声は入らない。


「きちんとミュートはしますからーー!」

 代わりにはるは、うるさくならないよう、音量を小さくすると約束する。



「いい、いい。止めてやるな、信濃しなの。あれがヨウちゃんの本能ってやつなんだろ」

 利根とねが達観した口ぶりでそう言う。


「そうだぞお、信濃しなの。ずっとここにいても息が詰まっちまうだろうよ」


石狩いしかりまで……! あーもう分かったよ! 遅くなりすぎないようにしろよお!」


 はるは元気に頭を下げた。


  *


トランペットの音がかする。また、かする。





好きなだけトランペットを吹かせてもらえるなら。あなたたちに、カルマファミリーに、協力するってーー



 トランペットが見つかったのはいいものの、はるは自分で自分が嫌になってくる。


 何が「好きなだけトランペットを吹かせてもらえるなら」だ。


 勢いでついあんなことを宣言してしまったけれどーーいや、良くない。普通にアウトだろう、それは。


 そう思うと、曲にデクレッシェンドがかかっていってしまった。


 はるは顔を覆い、屋上のフェンスにずるずるとへたり込む。



(自分の欲を満たしたいからって、暴力団組織に関わるなんて。)


(やっぱり逃げよう。辞めますって、ちゃんと言いにいこう)


 それに、今警察に自首すれば、最短2年ほどで出所できるはずだ。



 きびすを返したその時ーー。


 非常に見覚えのある顔が、はるの前に飛び込んできた。



 喪服で、サラサラのミディアムヘアを七三分けにしていて、目元のなきぼくろが上品なーー


「レオさま⁈」

「アンジェラ!」


 聞き馴染みのない言葉に、はるは困惑してしまう。


「見事な演奏でした。まるで天使アンジェラのトランペットのようですね」


「え⁈ は、はあ」


「申し遅れました、僕は聖田きよだ おぼろといいます」


 聖田きよだの緑がかった黒髪が、風になびく。


「先ほどの……『聖者の行進』ですよね?」


「あ、は、はい! でも、本当はもっと、賑やかで楽しげな曲なんですよ」


「元々は、アフリカ系アメリカ人の葬儀の際に演奏された曲ですからね。間違ってはいないんじゃないでしょうか」


ーー驚いた。

ドーミッファッソ ドーミッファッソ ドーミファソ ミ ドーミーレ

 

 はるの周りで『聖者の行進』は、曲こそ有名だけれど、実際に聴いてみないと分からない、という人がほとんどだったからだ。


 まさか、こんなところまできて音楽の話ができる人と出会えるとは。


しかも相手はあのレオさまだ。


 聖田きよだはずっと変わらず、優しい笑みを讃えている。




(だけど、どうして……ここにいるんだろう)




「ーーそんな貴女アンジェラに、ぴったりなお花があるんです」


「その名も、"エンジェルストランペット"。見てみたくありませんか?」


「見たい!」

 はるは慌てて口をつぐむ。


「見て、みたいです」


「では、少しじっとしていてくださいね」

 聖田きよだは人差し指を口もとに寄せる。


 


 はるの首筋に添えられたのはーー注射器。


 はるは声を出したくても出せなかった。



 だんだん、意識が朦朧もうろうとしてくる。



日楽あきら はるさん。ーー貴女は僕の計画に必要なんです」


 聖田は不敵に笑い、手中に堕ちたはるの髪を撫でた。



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