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第八話 ビヨット

「いてっ!」


 音がした途端、天井から何かが落ちてきた。脳天と両肩に降り注いだのは、丸い石だ。幸い大きさはさほどでもないから怪我はないが、危なくて仕方がない。


「ざけんなよ、くそ」


 久しく忘れていた殴られる痛さを、今思い出させられた。独り言にもならない悪態をつきながら、俺は箱の中身を拝見させてもらう。


(これは)


 巻物だ。古い紙で出来たそれは、特に目立つ装飾等はなかった。巻いてある紐を外し、ゆっくりと展開させてみる。


「何だ」


 先ず目に入ったのは、渦だ。それもただの渦ではなく、二つの円が重なり合い、∞のような形になっている。


「んだこれ…」


 円が重なり合う場所には、二つの動物の顔があった。それぞれがそれぞれの首に噛み付いていて、彼等の身体が円状に伸びている訳だ。


「牛と…蛇?」


 西洋史の授業で、見た感じのデザインだ。現物を目にした今、思う感想はこれである。


「で、何」


 意味が分からない。仕舞おうかとも思ったが、開いたからには全部見たほうがいいだろう。


(勇者の物語ってか)


 長々と綴られている文章は、ざっと流し読んだ。多分、大した事は書いていないだろう、というか知らない単語が大量にあって読みにくい。

何とか読める範囲を脳に入れていると、この巻物に書いてある内容が、断然興味をひいてきた。


「何だ、ビヨット?」


 何だばかり言っているが、仕方ない。書いてある内容が、予想がつかなすぎるんだから。


「これは…」


 巻物を読み進めると、違う絵が出てきた。平たい石の上に人が座っていて、祈りを捧げるような格好をしている。


「うん…?」


 だが祈りにしては、説明がおかしい。力だの魔だの、物騒な言葉が羅列されているのだ。絵が変わると、祈る人を囲うような渦巻き模様が描かれていた。


「魔力を取り込んでいるのか、これ」


 ただの初心者向け宗教手引き書、ではない。もしかしたら、俺が求めている力を手に入れるチャンスかもしれなかった。


「やってみよう」


 巻物をしまっていた箱の位置からして、岩は目の前のものだろう。岩の手前に巻物を置くと、俺は絵の指示通り、立ち膝の格好をして手を合わせた。


「ふーん」


 擦り減っていた部分は、この為なのだろう。予想よりも全然足が痛くない。多少食い込む違和感は残るが、許容範囲を超えるほどではなかった。


「減るもんじゃないしな…」


 失敗したとて、失うものはない。多少脚が痛くなるだけだ。気楽に考えた俺は、巻物の注意事項らしき箇所を、真剣に読み込んでいく。


「自然への感謝と、祈りをか」


 予想だが、禅に近いと思った。難しい単語を使ってはいるが、坐禅とかでやる奴だろ、これ。

日本人だからこその発想、だと思っておこう。俺は指示通り、今まで腹を満たしてくれた自然への感謝と、両親の無事を祈ってみた。


(大丈夫かな、二人とも…)


 今頃探してくれているのだろうか。多分血眼になって、野山を探し回っている。リチャードとジェニファーは、やる人間だ。


(会いたい、な)


 現実の両親には申し訳ないが、あの二人には会いたい。会って安心させてあげたかった。


(無事でいてくれ)


 いつも俺に向けてくれた、優しい笑顔を思い浮かべた時だ。


「おっ…」


 変化は意外と簡単に訪れた。全身の穴という穴が開いて、熱に似た気流が入り込んでくるイメージが湧いてくる。実際はどうなのかは確認できないが、これは明らかに変だ。


「おお…」


 目を閉じたまま、祈りに集中する。考えるのは食べ物への感謝と、両親の安否のみ。思考を二つに絞って、気流に身を任せる感じだ。


(食べ物をありがとうございます、父と母が無事でいますように)


 流れ込んでくる何かは、イメージの邪魔にはならない。表現が難しいが、元から俺の中にあったような、本当に違和感がないのだ。


(ありがとうございます、無事でいますように)


 自分でも驚くほど、祈りに集中できる。前世でもやった事がない神への告白の儀礼は、気の済むまでずっとやり続けていた。

時間がどれほど経ったのか分からなくなった頃、身体にある変化が現れた。


「おおお…」


 溜まり切った。例えるなら、コップに水が満杯になっているようだ。異世界らしい未知の力が、俺の身体に宿っている。


「これはきたんじゃないの?」


 テンションが上がってきた。祈りを止めた俺は、石から飛び降りる。革製の靴を介して伝わる土の感触が、普段と全く違った。


「軽い…」


 柔らかい。トランポリンに乗っているような感じで、いつもより体重が減ったのかと思えるほどだ。


「もしかしたら」


 溢れ出る全能感が、勝手に身体を動かしていた。近くの壁まで走ってみれば、案の定俺の最速を超えるスピードを記録する。

あっという間に辿り着いた岩の壁に手を置くと、右腕を目一杯引き絞って殴ってみた。


「ありゃあ!」


 前世、今問わずヘナチョコパンチしか放った事がない俺。その俺が放ったパンチは、岩の硬い壁に、明らかに分かる亀裂を生み出していた。


「これ、いけるぞ」


 転生してから半年、穴にまで落ちた魔力無し。どうやらここから、逆転のシナリオをかけそうだ。


第八話の閲覧ありがとうございます。

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